駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

WBA世界ミニマム級王座統一戦12回戦/○《正規王者》新井田豊[横浜光](判定2−1)高山勝成[Gツダ]《暫定王者》●

日本人同士としては薬師寺×辰吉戦以来となる、同じ団体の同じ世界チャンピオンベルトを持った2人による王座統一戦。色々な意味で日本ボクシング史上に残る名勝負となった13年前の名古屋決戦と比較するのは可哀想だが、こちらもボクシングファン注目の好カードである事には変わりがない。


正規王者・新井田は20勝(8KO)1敗3分の戦績。96年11月のデビュー以来、2つのドローを挟んで無敗のキャリアを積み重ね、01年1月には日本ミニマム級タイトルを獲得、5月にはドローながら初防衛を果たすと、その3ヵ月後にはチャナ・ポーパオインを降してWBA世界ミニマム級タイトルを獲得した。しかしこの直後に、いわゆる燃え尽き症候群と腰痛を理由に王座返上・引退を発表。トレーナーに転身してしまう。無敗のまま、しかも世界王座獲得から防衛戦を行わないまま引退するという前代未聞の行動は業界内外で波紋を呼んだ。
だが、再び選手生活への意欲を再燃させて2年後の03年7月に現役復帰。カムバック即世界再挑戦となったノエル・アランブレット戦でプロキャリア唯一の敗戦を喫したものの、翌04年7月の再挑戦では減量失敗で王座を剥奪されたアランブレットに雪辱して世界の頂点に返り咲く。その後は暫定王者ファン・ランダエタとの統一戦を制して初防衛、以後薄氷を踏むような僅差の判定勝ちが続いたが、06年3月までに4度の防衛に成功している。今回の相手・高山とは昨年9月に5度目の防衛戦として対戦予定だったが、新井田の負傷によってキャンセル、高山の暫定王座獲得を経て、改めてマッチメイクされた。なお、新井田がこの試合に勝った場合は王座統一と共に5度目の王座防衛に成功した扱いとなる。


一方の暫定王者・高山は18勝(7KO)2敗の戦績。00年10月にエディタウンゼントジムからデビュー。翌01年にはLフライ級で全日本新人王タイトルを獲得する。翌02年までデビュー以来10連勝をマークするが、03年4月に畠山昌人の保持する日本Lフライ級タイトルに挑戦失敗して手痛い初黒星を喫する。だが、05年4月、イーグル京和[角海老宝石]の負傷アクシデントでWBCミニマム級王座を棚ボタ獲得したイサック・ブストスの初防衛戦相手として指名される“幸運”に恵まれると、この“穴王者”を持ち前のアグレッシブさで攻略して世界王座奪取に成功、ゴボウ抜きの大出世に成功する。この時獲得した王座はイーグル京和に奪回されたが、06年には小熊坂諭[新日本木村]の保持する日本タイトルを奪取して実力の確かさを証明すると、同年秋には新井田への王座挑戦キャンセルの代替措置として設定された暫定王座決定戦でカルロス・メロを圧倒、変則的なWBA・WBCのミニマム級2冠を達成している。高山が今回の王座統一戦に勝利した場合、正規チャンピオンの座に就くと同時にこの正規王座の初防衛にも成功した扱いとなる。


1R。両者ロングレンジからのジャブで激しく牽制しつつ、度々積極的に踏み込んではフック、アッパー、ストレートと強打系コンビネーションを叩き込む熾烈な打撃戦。ラウンドを通じて見ればスピード感満点の互角の攻防戦が続いたが、開始早々、新井田が踏み込んだ際に高山の軽く出した左に触れながらスリップした出来事が新井田のダウンと裁定される小波乱。パッと見には高山の左カウンターが決まったように映るシーンではあったし、厳密にルールを解釈すると確かにこの裁定も誤りとは言えないが、これで採点上2点のビハインドを背負う新井田は気の毒だろう。審判陣の動体視力では捕捉し切れない世界最高峰の攻防が、逆に公正な試合運営を妨げるというのも皮肉である。
2R。新井田は、時にはカウンター気味に、時には飛び込みざまに放つ右フック、アッパーでラウンド前半にヒット連発して先行。しかし高山はアグレッシブさで主導権支配の面で対抗し、終盤には挑発に出た新井田の隙を突いて攻め立てて形勢挽回。ジャッジ的には極めて微妙。
3R。新井田はこのラウンドも右の強打中心に度々高山の顔面を仰け反らせるヒットを奪い、中盤まで試合を支配。しかし終盤には高山も圧力と手数を増して主導権を奪取し、ジャッジに力強くアピール。このラウンドも微差の範囲で接戦。
4R。高山がアウトボクシングに激しい出入りを組み合わせた戦術に出て、左のジャブ、フックとボディ左右連打を浴びせて手数・主導権支配で優勢。だが新井田も右強打やボディブローでヒット数互角に対抗し、劣勢は小差〜微差。ただし、やや後手に回った時間が長い印象も。
5R。高山はこのラウンドもスピードを前面に出した手数攻めを見せて“アグレッシブ”要素で優位に立つが、連打が細か過ぎてやや軽い印象も。新井田は数的劣勢に立たされながらも視覚・聴覚に訴える力強さを感じさせるパンチで応戦し、“クリーンヒット”“リング・ジェネラルシップ”の要素では互角かそれ以上。公式ジャッジの見解は新井田支持で揃ったが、内容的には採点が割れる可能性が高いラウンド。
6R。新井田が右アッパーで先制し、そこを起点に圧力強めて攻勢。右アッパーを有効打を数発追加して明確なリードを築く。高山は手数豊富ながら外側から巻き込むような軽いフック連打でダメージングブローには程遠い印象。ラウンド終盤には攻勢に出たが、これも間もなく新井田に反撃されて劣勢挽回ならず。
7R。高山がジャブと細かい連打中心に圧力を強めてアグレッシブさをアピール。これに対して新井田は左カウンター中心に迎え撃って劣勢を小差に留め、ラウンド終了直前には打ち合いで硬質な強打を連発してジャッジに好印象。新井田は際どい判定の試合を多数潜り抜けて来ただけあって、微差のラウンドでポイントアウトする手管に長けている。
8R。新井田が左アッパー有効打で先制、その後も先手で攻めてラウンド前半の主導権を掌握する。しかし高山も後半から手数を増やしてボディ中心にヒットを集めて反撃。形勢を互角以上に戻す。
9R。ショートレンジ打撃戦。高山が足を使いながら的確に手数を集め、断続的に顔面へのヒットを重ねる。だが新井田もラウンド終盤には手数増やして印象的な攻勢を展開し、またも形勢は際どくなる。
10R。新井田がジリジリと圧力を強めながらショートアッパー中心に手数、ヒット数を稼いで優勢。高山は足を使いつつチャンスを窺ったが、このラウンドは手数も減ってしまった。
11R。高山がアグレッシブさを増して勝負に出た。強い圧力をかけつつの手数攻めで主導権も確保。ただし明確なヒットに欠ける印象も。新井田は終盤に有効打伴う攻勢を仕掛けてまたも互角〜微差の内容へ。公式ジャッジは三者揃って高山支持のラウンドも、10-10イーブンでもおかしくない内容。
12R。ショート〜クロスレンジの乱打戦。共に体力と精神力の限りを尽くした壮烈な打ち合い。距離が詰まった分クリンチも増えたが膠着した印象は殆ど受けない。ほぼ互角の展開に終始したが、やはりここでも新井田は視覚・聴覚に働きかける“ポイントアウト用強打”を駆使して貴重な貴重な1点のアドバンテージ確保に成功した。
公式判定はピリャロボス[パナマ]115-113、モラ[アメリカ]114-113(以上、新井田支持)、リー[韓国]115-114(高山支持)の非常に際どいスプリットデシジョンで新井田の勝利。暫定王座の吸収と正規王座5度目の防衛に成功した。なお、駒木が世界戦基準で採点したスコアは115-113で高山優勢。
またしても僅差の微妙な判定ながら、新井田がジャッジ2人からの支持を得て世界戦V5を達成。今回は1Rでレフェリーの微妙な判断によって2点のハンデを背負う苦しい展開だったが、いかにもジャッジが採点上の決め手にしたくなる印象的なヒットを「ここぞ」という時に決めて際どく逆転を果たした。薄氷を踏み潰して片足を厳寒の湖に浸し凍傷を負うような勝ち方とはいえ、もはや魔術か呪術の域に達しつつある勝負強さは今回も健在であった。彼の試合を追いかけて来たボクシングファンにとっては「またか」とボヤきたくなるような不完全燃焼の内容と判定結果ではあったものの、それでも高山の鋭い手数を基盤とする前進力を悉く跳ね返したフィジカルの強さが際立っていた事に疑いを差し挟む余地は無い。今回の判定結果の妥当な落とし所がどこにあるかはさておき、「現在の高山勝成と互角の内容で戦えるミニマム級の選手」が果たして世界に何人いるかを考えると、新井田に与えられるべき評価も自ずと定まって来るように思えるのだが。
一方の敗れた高山は、終始スピードとアグレッシブさ溢れる攻勢で手数を稼いだが、新井田からのプレッシャーに押し戻される形で前、前へと攻めて行く姿勢を維持し切れず、主導権の安定確保に失敗。小差優勢を築いていたラウンドでも要所と言う要所で印象的なヒットを浴びせられてアドバンテージを手放し、結局、僥倖とも言える2点リードを得た1Rの他は明白な優勢のラウンドを作る事が出来なかった。敗因らしい敗因は無い内容で、彼にとっては気の毒な結果という他は無いが、結局の所、本来勝因となるはずの要素を勝因に出来なくては、勝利の女神も肘鉄を食らわしたくなるという事なのだろう。


なお試合直後から、この判定結果に対して高山陣営は猛烈に抗議。激昂した戸塚Gツダ社長の口からは「最初から結果が仕組まれているとしか思えない試合」「(この試合は)いわゆる八百長」「WBAJBCに提訴するだけでなく民事訴訟も起こしたい」と過激な言葉が次から次へと飛び出した。翌日以降も怒り覚めやらぬといった態度で、高山陣営の言い分がWBAJBCに通らない場合は法的措置も辞さないとの強硬姿勢を重ねてアピールした。
また、高山本人も判定結果に対して“抗議のポーカーフェイス”で応じ、試合後の会見では「ボクシング界に失望した」「最低でも4ポイントは勝っていた」「引退するつもり。バカらしい。やってられない。勝っている試合を負けにされているのに『再戦したらいい』という考えも許せない」と、こちらも激烈なコメントで憤懣の矛先を判定結果にぶつけている。
これらの猛抗議に対してJBCの安河内事務局長は「具体的な動きがあれば、それから対応する」「判定が仕組まれていたということはあり得ない。しっかり判定したと思う」と、冷静な姿勢で応じている。恐らくは提訴が行われたとしても、正規の手続きに従って粛々と処理されてゆく事になるのだろう。


蛇足ながら今回の判定結果について筆者の私見を述べさせてもらうと、「高山には気の毒だが誤差の範囲内」という見解である。確かに高山側にとっては承服し難い判定結果ではあるが、形勢互角のラウンドが全体の過半数を占めるようなクロスファイトであった事、新井田も明確な優勢を確保したラウンドがある事、高山側も微妙なレフェリングで2点の優位を得ている事などを考えると、「高山の明白な勝利」を前提条件とする抗議は行き過ぎではないかと思えてならない。特に1Rのダウンは、もし高山の小差判定勝ちに終わっていた場合には逆に新井田側から抗議・提訴される材料とされた可能性も高く、“100%被害者”の立場をアピールするのも少々無理があるのではなかろうか。
似たような判定上のトラブルとしては、言うまでも無く昨年8月の亀田興毅×ランダエタ(1)が挙げられるが、あの時はランダエタが正当なノックダウンによる得点を含む4点分の明確なアドバンテージを得ていた事、それにも関わらず公式ジャッジの採点が不可解なものだったこと、亀田が明確な優勢のラウンドを殆ど作れなかったにも関わらず試合中盤まででスコア上の逆転を果たしていた不自然さなど、ランダエタ側には今回の高山と比較しても遥かに有利な客観的要素が山積みになっていた。だからこそ業界内外から疑義が沸騰して再戦が実現したわけであるが、逆に考えると今回のケース――客観的な強調材料に欠け、しかも敗者側に幾らかの負い目もある条件での闘争――で昨夏と同様かそれ以上の収穫を得られる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。
重ねて言うが、高山陣営の怒りはもっともであると思う。しかし、利の薄いリング外の闘争をいたずらに継続する事によって、高山勝成という才能ある選手の前途を狭めてしまうのでは本末転倒も良いところである。WBAJBCに然るべき形で提訴・抗議を行った後は各団体の下す最終的な判断を甘んじて受け入れ、臥薪嘗胆の思いで恐らくは近い将来に訪れるであろう世界王座再々挑戦の機会を待って頂きたい……というのが、一ボクシングマニア・駒木ハヤトの切なる願いである。

追記(4/9 20:00)

今日の午後になって事態は収束の方向へ動き出したようです。業界内外の世論も微妙なものでしたし、仕方ないところでしょうね。むしろ早いタイミングで態度を翻したのは好判断でしょう。

世界ボクシング協会WBAミニマム級王座統一戦(7日、東京・後楽園ホール)で判定負けした前暫定王者高山勝成グリーンツダ)の陣営が試合後、判定に対して「八百長」などと発言したことについて、戸塚貴信・グリーンツダジム社長が9日、日本ボクシングコミッションJBC)を訪れ、「至らぬ発言だった」と謝罪した。また民事提訴やWBAへの再戦要求の意向も示していたが、いずれも撤回を表明。JBCは口頭で注意した。
毎日新聞ニュース4/9配信分記事より引用)

あとは高山本人ですね。これがきっかけで現役引退なんて悲しい事にならなければ良いのですが……