駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦/●《王者》ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(判定0−3)長谷川穂積《挑戦者・同級4位》○

辰吉を2度に渡って失神に追い込み、西岡の挑戦を4度退けて来た“絶対王者ウィラポンは47勝(33KO)1敗2分の成績。今回が15度目の防衛戦となるが、間に挟んだノンタイトルマッチを入れると王座奪取以来26戦のキャリア(24勝2分)を積み重ねている。
挑戦者・長谷川穂積は17勝(5KO)2敗の戦績。ジェス・マーカから奪ったOPBF王座を3度防衛して世界ランクを上げ、昨秋の鳥海純との“挑戦権争奪戦”に勝利してこの舞台に立った。実績・知名度こそ辰吉や西岡らに見劣りするが、関西エリアでは4回戦時代からその素質を高く評価されて来た“関西の秘密兵器”的存在。この戦前も、「長谷川不利」の下馬評を認めた上で大きな期待を掛ける関西ボクシングファンは相当多かったはずだ。
1R。両者中間距離からワン・ツーの打ち合いだが、このお互いのパンチを2人とも高度なパーリングとボディワークで捌き合ってヒットはなかなか奪えない。しかし終盤、長谷川が高速のワン・ツー・アッパーを気合もろとも打ち込むと、ウィラポンは避け切れずにこれを次々と被弾。長谷川がポイントを獲り切った。
2R。長谷川がコンパクトな左フックを有効に使って主導権を握る。左右、右左とリードを入れ替えてのワン・ツーで手数を重ね、ヒット数を増やしてゆく。ウィラポンも右ストレートをヒットさせつつ圧力をかけて主導権を奪おうとするが、連打が上手く出せずに印象度で見劣る。
3R。序盤、ウィラポンが右ストレートを立て続けにヒットさせてペースを掴みかけたが、長谷川が素早いフットワークから繰り出される左右の高速フック・アッパーのコンビネーションをヒットさせて形勢を逆転。手数でも優勢に立ち、このラウンドも長谷川が奪った。予期せぬ挑戦者ペースに会場は大歓声。
4R。開始早々、長谷川は4連打をヒットさせてリードするが、中盤に入るとウィラポンも攻勢に出て、長谷川の目尻を切り裂く有効打を放ち、その後もヒットを重ねて形勢を挽回。終盤には長谷川も復調して互いに鋭くヒットを奪い合うシーソーゲームに。ジャッジ的にはかなり微妙なラウンドとなった。
5R。長谷川がジャブ中心の攻めで手数で先行し、更に左フックと右アッパーを繰り出して追い討ち。だが、ウィラポンは中盤以降右ストレート、ボディブローを的確にヒットさせ、有効打数では長谷川を凌いだ。このラウンドもジャッジは相当際どい。
6R。序盤、長谷川が足を使ってジャブで手数を稼いだが、中盤からウィラポンが執拗なボディ狙いに出て、気がつけば接近戦に持ち込んでいた。こうなると老獪な王者のペースで、ボディへのフック、顔面へのアッパーが長谷川に突き刺さっていった。長谷川も手数だけなら互角だが、このラウンドはウィラポンの執念に屈したか。
7R。このラウンドも、ウィラポンは圧力をかけて右ストレート中心にヒット数を稼いでいく。長谷川は何とか距離をとってジャブで応戦していくが、打ち合いになるとウィラポンがやはり優勢。このまま王者ペースかと思われたが、終盤には長谷川も3連続ヒットで巻き返す場面もあり、ほぼ互角のラウンドとなった。
8R。序盤からウィラポンが右ストレート、ボディアッパーでダメージを加えてゆく。自分の距離を掴んだ印象で、的確にヒット数を積み重ねていった。長谷川もワン・ツーや左右のフックで応戦するも、ボディブローが効いて来たか、俊敏さが無くなって来た。
9R。前半はウィラポンがジャブで手数を稼いで優勢。しかし長谷川は覚悟を決めて果敢に打ち合いに応じ、後半に入ってからワン・ツー、フックを浴びせていって形勢逆転。結果的にこの場面が試合のターニングポイントとなった。
10R。序盤はウィラポンが右を上下に使ってヒット数で先行したが、中盤になってからは長谷川の独壇場。渾身の左の強打が上下に次々と刺さってウィラポンをグラつかせる。それでも怯まないウィラポンは終盤に打ち合いを仕掛けたが、ここでも長谷川が返り討ちにして、このラウンドは一方的な挑戦者ペースに。
11R。中間〜近距離でお互い力を込めまくった強打の打ち合いに。これを制したのは勢いに乗る長谷川で、高速回転のフック、アッパーを浴びせていって手数・ヒット数共に優勢。ウィラポンもボディにアッパー、ストレートを打ち込んで抵抗するが……。
12R。ここに来てウィラポンが最後の意地を見せる。長谷川のパンチをパーリングで捌いては前へ前へ出て行って、強烈なボディブローを見舞って主導権を奪うと、顔面にもアッパーを次々と突き上げて優勢に立つ。長谷川も後半に強引な左右のフックでウィラポンのディフェンスを突破したが、このラウンドばかりは見劣りが否めなかった。
公式判定は116-112、115-113、115-113の3−0で長谷川。駒木の採点は116-113で、やはり長谷川。明確に奪ったラウンドの数がそのまま採点結果に現れた形となったか。
一世一代の大仕事をやってのけた長谷川、勝因は色々あるだろうが、とにかく気持ちで負けなかった事が一番大きかっただろう。持ち前のスピードで王者を撹乱した序盤戦、そして裂帛の気合で乱打戦を制した終盤戦に、「王者になれる挑戦者」と「実力は十分有るのに王者になれそうでなれない挑戦者」の違いを見た気がした。
一部ファンの間では「ウィラポンが万全でないから勝てた」「全盛期を過ぎていたウィラポンだから勝てた」という声が上がっているが、王座交代に際してそういう御託を並べる事自体がナンセンスだろう。ウィラポンが王座を奪取した時の辰吉は試合後にトレーナーが激怒する程の調整不足だったし、その辰吉が王座を奪った時のシリモンコンは減量苦に悩まされた挙句に“ガラスの腹筋”を打ち抜かれて悶絶する羽目になったのだ。Sフライ級の徳山昌守が川嶋に1RKO負けした時も絶望的なコンディション不良だったし、強豪王者の王座陥落には王者側のネガティブな要素が付き物である。
チャンピオンの価値を決めるのは、王座奪取の試合よりもむしろ、防衛戦の成否とその内容である。長谷川には指名試合とウィラポンとの再戦が待ち構えているが、是非ともこれらをクリアして、誰にも文句を言わせぬ強いチャンピオンになってもらいたいと思う。
一方、6年ぶりに無冠となったウィラポンだが、既に再起に向けて練習を再開、なんと間もなく復帰戦に臨むとのことだ。敗戦の後遺症に一抹の不安を残すものの、野に下った英雄はまだまだ意気軒昂のようである。