駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

フライ級10回戦/○亀田興毅[協栄](6R2分20秒KO)カルロス・ボウチャン[墨国]●

TBS系地上波録画中継にてテレビVTR観戦。興行についての雑感は4/6付記事を参照の事。
突然の相手変更に伴い、初めて同階級の下位世界ランカーを迎え撃つ形となった亀田興毅のプロ第10戦。形こそ歪だが、有力ノーランカーや日本下位ランカーの選手がよくやる“世界ランキングチャレンジマッチ”と同様の試みである。亀田側には目立ったメリットは無いものの、これまでグレー色のヴェールに包まれていた彼の地力の程を査定するには絶好の機会となった。
さて、ここで今一度亀田興毅の履歴をおさらいしておこう。プロ戦績はB級デビュー以来9勝(8KO)無敗。但し、6戦目までの相手はタイ人噛ませ犬、7戦目は衰えと練習不足が著しいロートル元世界王者・サマンとの茶番、8戦目はせいぜいタイ国内王者クラスの“噛ませチャンピオン”を狙い撃ったOPBFフライ級タイトルマッチと、「いかに少ないリスクで名目上の地位を手に入れられるか」をテーマに掲げたマッチメイクで過保護にされていた。ようやく9戦目にして、元ミニマム級世界王者で現役もライトフライ級の世界ランカーであるノエル・アランブレットとのガチ勝負に臨み勝利するが、これも実質2階級差の体格・パワー差と相手の低いモチベーションに勝因を求める他は無く、純粋なフライ級有力選手との実力査定試合が絶えず望まれていた。現在WBAフライ級4位、WBC同級8位の世界ランカーだが、これほどの地位を築いているにも関わらず、ここまで根本的に実力の程が疑問視されている選手も非常に珍しいであろう。
この亀田の“試金石”としてメキシコから招聘されたカルロス・ボウチャンは、16勝(12KO)5敗の戦績で、WBCフライ級中米カリブ王者にして13位の世界ランカー。ここ2年ほどはタイトルマッチとKO勝利から遠ざかり、やや試合枯れ気味でピークを過ぎた現状ではあるが、これまでの亀田の相手とは比較するべくもない“曲者”である。
1R。遠い距離での攻防戦。ボウチャンはステップを踏みながらの軽いジャブ、ワン・ツーでタイミングを計り、時に左アッパーやボディフックでヒットを奪う。KOを量産していた時代とはファイトスタイルが違うのか、ロレンソ・パーラの廉価版のような試合振りである。対する亀田は手数を絞って左ストレートと右フックの強打中心で狙い撃ち。手数では相当な劣勢だが、ヒット1発ごとのパワーの差は歴然で、散発的に有効打を奪った場面が随分と印象的に映った。ただ、世界戦ではクリーンヒットとアグレッシブのどちらを優先するかでジャッジの判断が割れそうなラウンド。
2R。前のラウンドよりも距離が詰まる。ボウチャンは相変わらず無数の左ジャブを細かく放って軽いヒットを重ねてゆく。亀田は序盤こそ左のストレート、ボディフックで有効打を重ねたが、中盤以降はボウチャンのジャブとアッパーを当てられる場面が目立った。クリーンヒットでは亀田、アグレッシブとジェネラルシップではボウチャンがやや優勢で、このラウンドもジャッジ的には際どい(はずの)ラウンド。
3R。ラウンド序盤から亀田は接近戦を挑み、左ストレートを浴びせてゆくが、放つ強打の多くは気負いからか力みがちで精度に欠ける。逆にボウチャンはその亀田の焦りを見透かすように、実に嫌らしいショートアッパーをコツコツと繰り返し浴びせていった。しかしラウンド終盤、今度は亀田がガードの上にボディフックを連発して圧力をかけロープ際に詰めると、右フックのダブルで攻め立てて印象的な場面を作る。このラウンドも、全くファイトスタイルの異なる二者で支配している時間帯が二分され、ジャッジ的には随分と際どい。
4R。亀田はこのラウンドも左ストレート、右ボディなど強打中心の攻めだが、思うように手数を重ねられず、ラウンド途中に苛立ち紛れの挑発ポーズをとる場面も。ボウチャンは相変わらず細かいジャブと左アッパーで手数と細かいヒットを稼ぎ、アマチュアボクシング的な点数稼ぎに終始する。なお、このラウンドから亀田は左のボディアッパーを使い始めるが、このラウンドにヒットした2発はいずれも明らかにベルトラインより下への加撃。普通の試合ならレフェリーが注意の一つでもするものだが全くのお咎めなしで、この亀田のローブローと、浅尾レフェリーのサボタージュ式地元選手贔屓が6ラウンドの問題のシーンへの伏線となる。
5R。このラウンドもボウチャンが軽いジャブでリング・ジェネラルシップを掌握する。左アッパーにボディブローも交えて手数、ヒット数で優勢。亀田もボディ連打やノーモーションの左ショートで有効打、ヒットを奪うものの、これまでの相手とは違って“一撃必殺”とはいかず、ほぼ互角の戦況ながら主導権を容易に握らせてもらえない難しい展開が続く。そしてこのラウンドも亀田は戦況打開のために左ボディアッパーを4〜5発放つが、そのいずれもがベルトライン上のグレーゾーンか明らかなローブロー。ボウチャンの基本に忠実なガードを破ろうと焦る余り、強引過ぎる攻めになっている。そしてまた、この反則打を一切注意しないレフェリーの姿勢も悪い意味で首尾一貫している。
6R。ラウンド序盤から中盤にかけては、ボウチャンのワン・ツー手数攻めに対し、亀田が固いガードとタイミングの合った左カウンター、右フックで対応し少差優勢をキープ。これを起点に亀田が技巧で徐々に優勢な展開を築いてゆくかと思われたが、功を焦った亀田はまたしてもボウチャンの股間へ目掛けて強烈な左アッパーを連発。亀田は執拗なローブローに体を「く」の字に曲げて抵抗するボウチャンにも構うところ無く拳を見舞い、5発目は局部を直撃する減点モノの明らかな反則打となる。ボウチャンはレフェリーにアピールするも、浅尾レフェリーは往年の阿部四郎*1を思わせる完全無視でこれに応じた。そして亀田は悶絶する哀れな異邦人をロープに詰め、最後もベルトラインのやや下への左ボディアッパーをクリーンヒットさせる。これで身も心も折れたボウチャンはマットに這い、10カウントが数えられるまで立ち上がる事は無かった。
世界王者レベルには届かないものの、世界ランカーとしては恥ずかしくないレベルの内容になるかと思われた矢先、試合はとんでもない茶番に転じて唐突に幕を閉じた。日本ボクシング界の恥部と言うべき不法レフェリングを公共の電波に乗って数千万人の視聴者に晒した罪は非常に大きいと言えるだろう。しかも従来型の「対戦相手の反則と減点を過剰に採って地元選手をサポートする」のではなく、今回は「地元選手の反則を看過し、KO勝ちを誘発する」という、地元選手(=亀田)の名誉も傷つける形の地元贔屓であり、その罪もまた非常に大きいと言える。そして何よりも問題なのは、オフィシャルサイドが、このような不当行為を、不特定多数の一般層が多く目にしている場で行う事に何ら躊躇を感じていない事だ。普段から純粋なボクシングファンの存在を軽視し、ジム・選手とその後援者の方ばかり向いているから、こういう時にも平気でこのような恥を晒せるのである。
恥と言えば、この試合の5Rまでの公式採点も酷かった。ジャッジ熊崎が50-47亀田、同じく浦谷が50-46亀田、そしてジャッジ安部は50-45。僅差のラウンドが多く、しかも「クリーンヒット」の要素では終始亀田が優勢であったものの、3者揃ってフルマーク、しかも1人は全ラウンドで10-9亀田優勢を付けているというのは疑問符を10個並べても足りないぐらいである。もしこの試合がローブローによるKO決着ではなく、フルラウンド判定になった場合、とんでもないホームタウン・デジションになっていた可能性が極めて高い。まったくもって悪質な試合運営と言わざるを得ないだろう。ちなみに、駒木の5Rまでの採点は、48-48イーブン。


さて、記録上のKO勝利をまた1つ加算した亀田であるが、6ラウンド中盤までの戦い振りを見る限りでは、現状の彼の地力は「ボウチャン=典型的な地域王者・世界下位ランカー級の選手とはほぼ互角」の水準と見てほぼ間違い有るまい。これまでの懸念の一つであったパンチを喰った時の耐久力はそれほど問題でない事が判明したが、カウンターとボディブロー以外の攻撃の未熟さは一層浮き彫りになってしまった形だ。
一般的な話として、ボウチャン程度の選手を相手にした場合、世界王者クラスなら終始圧倒しての申し分無いKO勝ち、世界王座が射程に入った選手なら、多少手を焼かされながらも完勝、日本下位ランカーなら地元判定を貰ってドローか僅差判定勝ちとなるものだ。
となると、現在の亀田は、「日本下位ランカーよりは確実に地力上位だが、世界を目指すには力不足が否めない」という、実に中途半端なレベルの選手という事になる。本来ならこのクラスの選手に“世界タイトルマッチ疑似体験”を積ませる為に日本王座やOPBF王座が設定されているのだが、亀田は日本・東洋を“飛び級卒業”でクリアしてしまっているので、それも難しい。自業自得とは言え、随分と窮屈な立場に身を置いてしまったものだと思う。
一方、不本意な形で人身御供役を強制された形のボウチャンは、試合直後から憤懣遣る方無いといった風情で、報道陣にレフェリーのローブローへの対応の不備をまくし立て、挙句に「もう日本では試合はしたくない」と吐き捨てて早々に帰国の途に就いた。デビューから初の海外遠征でアウェイの不利に対する耐性が無かった事を差し引いても、彼の怒りは尤もであり同情の念を禁じ得ない。この試合の後も幸いにも世界ランクは15位以内に留まり、地域王座もキープしたままというのがせめてもの救いだろう。

*1:女子プロレスの元・名物レフェリー。ダンプ松本極悪同盟と結託して純粋なクラッシュ・ギャルズファンの怒号を浴びた