駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

オープン・スコアリングシステムについての雑感

今回試験的に導入された公式採点の途中経過公開制だが、率直に言って「使い方次第で良くも悪くもなるシステム」という印象を持った。もっと言えば、運用側の資質が求められるシビアさを内包したシステムである。
観戦者の満足度を第一に考えた一流の選手と、確かな見識と強い意志を持ったジャッジ、そして優れた審美眼を持った観客に恵まれれば、この制度はボクシングの魅力を今以上に高めてくれるだろう。ただ、現実問題として、現状のボクシング界ではその真逆のケース──客席無視で利己的態度に走る選手、目の曇った周囲の状況に流されるジャッジ、贔屓の引き倒しに熱心で地元判定に歓声を送って試合をぶち壊す観客──の方が容易に想定できるので、この制度の本格運用に際しては、今後もテスト・ケースを積み重ねた上で慎重に判断してもらいたいと思う。
また、8Rの途中経過公開で「判定では逆転不可能」という結果が出た場合、観戦者側にしてみると興醒めになる感が否めないし、その途中経過の影響を大きく受けて試合内容が大きく荒れる可能性が高い。採点結果公開は事務方の負担も考え、劣勢側もギリギリ判定で挽回が可能なタイミングである6R終了時の1度限りという事にするのが適切ではなかろうかと思うがどうか。

ちょっと余談

今回の新システム試験的導入のきっかけとなったであろう8/2ランダエタ×亀田興毅戦を、オープン・スコアリングシステムを適用していたと仮定して4R、8R終了時の途中経過を割り出してみる。また、比較対象には“過激派”代表として駒木の採点(117-111ランダエタ)を、そして駒木なんぞと併記するのは恐れ多いが“穏健派”代表として「ボクマガ」10月号に掲載された増田茂氏の採点(115-112ランダエタ)を引用させて頂く。

公式判定では、既にイーブンが1人出て2−0ランダエタ優勢。試合後、「疑惑判定」の立役者として槍玉に挙げられた金氏の目には、4R終了までの内容で既に亀田がダウン1回分の失点を挽回していたと映っていたようだ。しかし、もしもこの結果が当日発表されていたならば、亀田ファン以外の観客からは「え? 何故イーブン?」というニュアンスのどよめきが起こった事だろう。

この試合の異常性を最も顕著に表しているのが、この途中経過だとは言えないだろうか。公式判定では、なんとここで亀田が最高3点差をつけて逆転している! ダウンを1回奪われ、その後もほぼ形勢互角のラウンドを重ねるほか無かった選手が、既に安全圏突入目前の優勢とは……。しかも上下6点の物凄いスプリットである。8回戦の試合でもこれほど採点が割れるケースは滅多にお目にかかれない。
また、ここではタロン氏が中盤の4ラウンズをフルマークで亀田につけ、この時点で金氏よりも亀田寄りのジャッジとなっている事にも注目しておきたい。金氏の12Rでの採点が余りにも判り易い作為として非難されたが、よくよく考えればこの中盤の採点も相当不自然である。不正を働いたと断ずるのは行き過ぎとしても、亀田の優勢を確認するような偏ったスタンスで採点しているとしか思えない。
そして、もしもこの結果が発表されたとしたら、純真無垢な亀田ファンの大歓声が会場中に響き渡った事だろう。駒木らマニアの悲鳴にも似た大きく低いどよめきは黄色い声に掻き消されたに違いない。TBSの実況席では、公式採点の不可解さに気付こうとせず一気にテンションの上がる無知蒙昧なアナウンサーと、適切な言葉が見つからず強張った顔で絶句するしかない解説者諸氏の姿が容易に想像できる。


で、この後の最終集計結果は皆さんが御存知の通りだが、もし8Rの途中経過が発表されていたら、ランダエタは残り4ラウンドをどう戦っただろうか?
恐らく11RのKO勝ち寸前の優勢でランダエタは勝負に行かざるを得ず、ひょっとすると試合の結末は最終判定結果を聞かないまま終わっていたかも知れない。逆に、亀田がリードを守るために終始クリンチ中心のディフェンシブな戦術を採ったかも分からないし、リスクを背負って勝負に出たランダエタに痛烈なカウンターを決めた可能性もある。
いや、それ以前に採点結果公開を意識したジャッジが、8R終了時点では現実ほど露骨な亀田寄り採点が出来ず、その結果、最終集計が「順当なランダエタ小差判定勝ち」に収まっていたケースも想定出来る。タラレバは禁物ながら、あそこまで酷い結果にはならなかったのではないかと思わずにはいられない。


上記の考察はあくまで机上の推論に過ぎないが、このオープン・スコアリングシステムは、余りにも露骨な地元判定を予防する効果ぐらいは得られそうである。ただ、それだけのためにこのデメリットも大きそうなシステムを導入するというのも悲しい話だと思うのだが……。