駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第5試合・Sフライ級契約ウェイト(52.0kg)4回戦/×甲斐巧真[泉北](ノーコンテスト)井上拓哉[新日本大阪]×

※この試合は「1R1分32秒甲斐KO勝ち」から6/28付で公式記録が変更となりました
この試合は両者デビュー戦。
1R。試合開始直後から、両者攻撃一辺倒の大打撃戦が勃発。甲斐が開始10秒ほどでカウンターの右ストレートをクリーンヒットしてダウンを奪うが、再開直後から井上が猛反撃に出て被弾も構わずクリーンヒットを連発。カウンターの右ストレートで甲斐のヒザが一瞬キャンバスに着き、半田レフェリーが「ダウン確認」のポーズを取って割って入ろうとするが間に合わず、井上が更に痛烈な右を追加して今度は完璧なノックダウン。それでも甲斐は立ち上がり、試合再開。またもや危険な打ち合いが展開されるが、そこで問題の場面が訪れる。


井上が甲斐にクリーンヒットを決め、甲斐はバランスを崩す。しかし同時に井上はスリップしてしまい、パンチで倒れかけた甲斐を突き倒すような形で井上自身もマット上に倒れてしまう。
この場面で半田レフェリーは井上のダウンを示唆する仕草を取って試合終了(井上の2ノックダウンによる甲斐の自動的KO勝ち)を宣告しようとするが、ここで一連の出来事を間近で見ていたジャッジの北村氏が「違う、違う!」という仕草と共に立ち上がり、何やら叫びながら本部席とリング上の半田レフェリーの両方に大声で何かを告げ始めた。
この間に両者立ち上がり、井上はニュートラルコーナー、甲斐は青コーナーに居たが、ここで突如半田レフェリーは試合終了を撤回し、ニュートラルコーナーで待機していた井上にだけダウンカウントを数え始め、しかもカウントを途中で打ち切って試合を続行させる。
その後も暫くの間両選手による乱打戦が続くが、リングサイドでは北村副審が本部席に大声で何かを要請し、間もなくゴングが鳴らされる(注:筆者の記憶では長いゴングが3回。これは試合終了の合図である)。要領を得ない両選手&セコンド陣はラウンド間のインターバルと同様に選手を自コーナーで椅子に座らせて休憩を与える。その間、半田レフェリーがジャッジ3氏に事態の確認をするなどしていたが、政野リングアナがリング上に上がって「2ノックダウンによる甲斐のKO勝ち」の公式記録をアナウンスし、正式に試合終了となった。


さて、この試合における主審・半田氏の裁定で誤審又は試合運営上のルール違反が疑われるのは以下の点である。

  1. 甲斐が1回目のダウンを喫した場面において、ダウンを確認した後に井上の加撃があった、つまりそれが「ダウン後の偶発的な反則打」であると確認しているにも関わらず、井上に対する注意・警告または減点などのペナルティを与える事や、更に甲斐に対してダメージを回復させるための試合中断など適切な措置を採る事を怠った。
  2. 両者が倒れた場面において、パンチを当てながらスリップダウンした方(つまり攻撃側)の井上1人だけにダウンを宣告した。
  3. 試合終了を宣告する合図を出したにも関わらず、それを本部席に何ら通告しないまま撤回した。
  4. 2度目のダウンで、本来ならノーカウントでストップになるはずであった井上に対してダウンカウントを数え、更に試合を続行させた。



……この内、1に関しては日常的に起こりうる比較的軽度の誤審であり、殊更問題にするのは潔癖に過ぎる感もあるが、残る2〜4に関しては重大な誤審、またはルール違反が疑われる。


2に関しては、いわゆる「ダウンした選手の取り違え」が疑わしい事案である。恐らく副審・北村氏の試合中のアピールはこの事についてではないだろうか。この場合、JBCルールには第82条「レフェリーは次の権限を持つ」第10項「確認できない事態(ファウル・ダウン)に対してはジャッジの意見を聞くことができる」とある。半田氏は北村氏の意見を聞いた上で、オフィシャルがダウンカウントを数えている間にどちらがダウンしたかを確認すべきであった(但し、副審が主審に進言出来るのはラウンド間の休憩中と定められており《JBCルール第86条》、北村氏の自発的なアピールも厳密に言えばルール違反となるのだが……)。今回は例外中の例外とも言えるアクシデントで、一概に半田氏の過失のみを責めるのは彼にとって酷のような気もするが、やはり過失は過失としてその旨指摘しなければならないだろう。
なお現在、東日本地区では、ノックダウンに関する際どい裁定が求められた場合、当該ラウンド終了後にレフェリーがジャッジと協議した上で、ダウンの撤回又はスリップと判定されたダウンを正当なノックダウンと追認する措置が弾力的に運用されている。これは、

JBCルール第81条
レフェリーはルールに基づき、試合中リング内において試合を管理、支配し、かつ指揮、命令する全権を持つ。《中略》本ルールに規定されていない事項についても試合に関する限りは、すべてレフェリーの裁断による。《中略》レフェリーはつぎの任務を公正、忠実かつ適切、迅速な判断に基づいて遂行しなければならない。
1 試合中ルールとフェアプレイが厳格に守られるよう監視し、必要なる注意や指示をなし、試合が円滑、真剣かつ最高に行われるよう努力すること。《以下略》

という条項を好意的に拡大解釈したものだと推測される。勿論、このような措置は現在西日本地区では運用されておらず、今回のケースでいきなりこれを活用せよというのは不可能に近いのだが、これを機に東日本方式を西日本地区の内規に付け加えてはどうだろうか。以前にも西日本地区ではベテラン審判員の原田氏がダウンした選手を取り違え、資格停止厳重注意処分*1を課せられたことが有る。「二度あることは三度ある」のだと戒め、適切な処置が採られることを期待する。


3、4に関しては、これは明白な試合運営上における初歩的な規則違反であり、もはや論外と言ってもいいだろう。出場の両者は共にデビュー戦であり、その中で乱打戦の末にノックダウンの応酬という苛烈な状況下にあった。レフェリーは「両ボクサーの安全防護を期すること」(JBCルール第81条第2項)が義務付けられている。その任に当たる人が、ルール違反を犯した挙句にデビュー間も無い選手を危険に晒してしまってはどうしようもない。


半田氏はキャリア的には若手とはいえ、既に10回戦の試合も裁けるA級審判員のライセンスを取得している。今回は過失に過失が重なった、いかにも人間という動物が犯しやすいタイプのミスではあり、半田氏に対する同情の余地もあるだろう。だが、今回の件はその肩書きを持つ人が犯してはならないミスジャッジであったとも思う。今後は半田氏のみならず、他の審判・試合役員の方々も含めて再発防止に努めてもらいたい。

追記

6/28日、JBCより以下の内容の告示が出された。

平成19年6月10日に行われた、甲斐巧真(泉北)対井上拓哉(新日本大阪)戦(甲斐の1ラウンドKO勝)につき、下記の通り裁定する。
1.当該試合をノー・コンテスト(無効試合)とする。(JBCルール第80条第6項)
理由:当該試合において、担当レフェリーに著しく妥当性を欠く判断並びに処置が認められたため。

文中の「著しく妥当性を欠く判断並びに処置が認められた」とは、試合レポート内で筆者が指摘した、ノックダウン選手の取り違えや試合進行の誤りに関する疑義の全てまたは一部がJBCによって事実と認定されたということなのだろう。また、当該試合主審の半田レフェリーには資格停止処分が課せられた模様だ。

*1:後日訂正しました