駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第5試合・バンタム級契約ウェイト(52.8kg)8回戦/○ピチット大源[井岡in島根江津](判定2−0)村井勇希[Gツダ]●

ここで元世界王者のピチットが登場。タイ国出身の彼だが、今回から兼任トレーナーも務める井岡ジムの島根支部所属となって、リングネームもタイ式に則り日本でのスポンサーの名を冠したものに変更した。
そのピチットの戦績は、公になっているもので34勝(15KO)3敗。サウスポーである。93年8月にいきなり10回戦でデビューして以来7連勝。94年秋に8戦目で当時レオ・ガメス[ベネスエラ]が保持していたWBA世界Lフライ級王座に挑戦するが、これは6RKO負けで失敗。しかし僅か1ヶ月で再起すると翌95年にはPABAのLフライ級王座を獲得する(1度防衛し返上)。
96年は上半期でノンタイトル戦を4つこなした後、12月に現在の同僚でもある山口圭二[Gツダ→現・井岡in島根江津ジム会長]のWBA世界Lフライ級王座に挑戦し、2RTKOで奪取に成功。その後は世界王座を00年に剥奪されるまで5度の防衛に成功。02年には同王座の返り咲きに失敗したものの、04年まで年4試合のペースでノンタイトル戦勝利を積み重ねて世界ランク上位を維持し続けた。
05年頃から井岡ジムに請われて日本に長期滞在し、トレーナー業の傍ら9月には戎岡淳一[明石]との試合に臨んだが、序盤に相次いでダウンを奪ったものの中盤以降心身の集中力が切れて失速してTKO負け。以来現役からはセミリタイヤした形で、今回は実に2年1ヶ月ぶりの再起戦となる。既に32歳、階級も3階級上がり、往年のパフォーマンスを期待するのは酷だろうが、世界王者経験者の実力の片鱗は垣間見たいものである。


対する村井は12勝(3KO)11敗4分の戦績。現在は陥落しているが元日本ランカーで、00年フライ級西日本新人王でもある。98年デビューだが、本格的な活動開始は地区新人王タイトルを獲得した00年から。なかなか連勝が持続しない不安定なタイプ故に出世は遅れがちだが、04年から05年にかけては日本ランクにも名を連ねた。06年からは積極的にタイ国遠征を敢行、敵地での格上挑戦は結果に繋がらなかったが心身の成長は着実で、前回8月の安田幹男[六島]戦は敗れるも会場大喝采・マニア激賞の熱戦となった。
1R。ロングレンジから互いにフェイントを多用、様子見中心の立ち上がりとなった。ピチットが右ジャブ、左ストレートをボディへ放ってヒット数で優位。村井は手がなかなか出せないが、ラウンド終盤に右ストレートで反撃する。
2R。このラウンドもロングレンジ中心の攻防。ピチットは右ジャブ中心、村井は右ストレート中心。共にディフェンス巧みでヒット数はロースコアだが、ウェイトの差で村井の攻勢が目立つ。
3R。このラウンドも距離を開けて駆け引き中心の展開。ピチットは半身に構えてリング中央から右ジャブ、フックで手数リード。村井は手数を思うように放てず、主導権支配で劣勢。
4R。ピチットは射程ギリギリの所から手数を細かく出して主導権を完全に掌握。軽打中心だがヒット数は優位。しかし残り30秒を切ってから村井が右で2発有効打を奪い、一気に挽回。ジャッジ的には際どい。
5R。ピチットはややアグレッシブに右の上下ダブルなどを狙っていくが、村井は右ストレートを有効打させてピチットをグラつかせると、ロープ際で猛ラッシュ。その後もピチットは主導権を握ってボディを攻め、ロープにも詰める場面を作るが、パワー差は如何ともし難い。
6R。ラウンド序盤は完全にピチットペース。村井の攻めを全く許さず、上下へ手数をまとめてゆく。中盤には圧力をかけるピチットに村井が右を2発見舞うが、終盤またもピチットが攻めに転じ、密着しながらの上下フック、アッパーで数的優位を確保。
7R。ピチットは絶えず体と頭を動かして的を絞らせない。先手で手数を着々と積み重ね、リードを奪う。村井はカウンターや打ち終わり狙いだが、距離と主導権を相手に奪われて苦しい展開が続く。
8R。村井は前に出ようとするが、ピチットがジャブで足止めして逃げ切りを図る。主導権を奪えない村井は、わざと顔を打たせてまでして挑発するも、ピチットの老獪さには敵わず。
公式判定は半田79-74、原田77-76、野田77-77の2−0でピチット。駒木の採点は「A」78-74「B」79-75ピチット優勢。
ピチットが約2年ぶりの試合を老獪なテクニックで制す。プロレスファンでもある筆者には、晩年のドリー・ファンクJrが若手のブルファイターをエルボースマッシュで翻弄する姿とダブって見えた(笑)。パワーパンチが採点上有利になりがちな西日本のリングで、軽打と技術だけで実質3階級を克服したのは快挙と言って良いだろう。肉体的な衰えは語るまでも無いが、ボディコントロールと駆け引きの上手さは未だ世界クラス。特に、絶えず体と頭の動きを止めないルーチンは、全ての若手選手が見習うべきポイントだろう。
村井はウェート差を活かし切れず完敗。手数を封殺されて、パワーパンチでの挽回も限定的だった。だが、世界を制した技術の真髄を身をもって体感したのは今後に繋がる経験であろう。