駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第5試合・WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦/○《王者》長谷川穂積[真正](判定3−0)シモーネ・マルドロット[伊国]《挑戦者・同級1位》●

ダブル世界戦2試合目はWBC戦。バンタム級の日本人選手では最多となる5度目の世界防衛戦に挑む長谷川穂積が登場。戴冠以来2度目の指名試合の相手は実力未知数のイタリア人・マルドロットだ。


王者・長谷川の戦績は22勝(7KO)2敗。99年にプロデビュー。00年、01年と新人王戦にエントリーするが、いずれも予選敗退。しかし2敗目から再起した01年7月から破竹の連勝をスタート。02年10月には日本ランカー・熟山竜一[JM加古川・引退]から公式採点で最大11点(100-89)の大差で破って台頭すると、翌03年5月には“日本人キラー”ジェス・マーカを降してOPBF王座を獲得。04年5月までにノンタイトル1試合を挟んで3度の防衛を果たす。
世界に目を向けOPBF王座を返上した後、04年10月には鳥海純との世界挑戦者決定戦に臨み、判定勝ち。これにより当時14回連続防衛中の王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーションとの対戦が決定し、翌05年5月のタイトルマッチでは小差判定勝ちで大番狂わせの王座戴冠を果たす。
その後は、初防衛で4度のダウンを奪う大勝で評価を確たるものとし、2度目の防衛戦となったウィラポンとの再戦では9RTKO勝ちで制し、日本ボクシング界の最実力者のポジションに据わった。07年5月に4度目の防衛を果たした後は、チーフトレーナー・山下正人氏の解雇に端を発するジム移籍騒動に巻き込まれ、一時は練習場所を失うという窮地にも立たされたが、何とか円満な形でジム移籍を完了し、今回の再始動となった。7ヶ月のブランクと12kg以上の減量と条件は厳しいが、夢のラスベガス進出のためにもこの試合は絶対に落とせない。


指名挑戦者・マルドロットは26勝(10KO)1敗。アマでの活動を経て00年7月プロデビュー。1年3〜4戦のペースで6回戦を中心に経験を積み、途中1敗したものの03年9月、プロ14戦目でイタリア国内王座を獲得。このタイトルの防衛戦は行わず、3試合の調整試合の後に04年9月にはEBU欧州王座を獲得する。以降、この王座を7度防衛し、連勝をキープする中でWBCランキングを1位まで押し上げ、WBOでも3位に据えられている。日本で喩えるならばOPBF王座の防衛を重ねた東洋圏敵無しの強豪、といったところか。


1R。様子見気味のマルドロットに対し、長谷川はスピードを活かしつつ右ジャブを捨てながら左ストレート、右ボディに繋げて主導権確保。マルドロットが圧力をかけてきても軽やかなフットワークで捌いて手堅くポイント確保。
2R。長谷川はKOを意識したか、大振りが目立つ。スリップした所にマルドロットの右を浴びせられ一時ピンチに陥る。しかしマルドロットの変則的なスイッチにも冷静に対応した長谷川は、左ストレートで有効打をお返しし、形勢挽回に成功。微差のラウンドだが、主導権を支配した分だけ長谷川が有利。なお、このラウンドに長谷川は右目付近に切り傷を負い、激しい出血。バッティングによる傷かと思われたが、減点1を躊躇したかレフェリーの判断は「ヒッティングによる傷」。微妙な裁定で長谷川はTKO負けの恐怖と戦う事となった。
3R。長谷川はステップバックを多用してマルドロットの強打を捌きつつ、的確なカウンターでヒット&アウェイに成功。スピード・攻守の技術における上位は歴然。しかしマルドロットもアグレッシブさでジャッジにアピールし、懸命に食い下がる。
4R。長谷川はこのラウンドもディフェンスワーク全開。時に鋭い連打を見舞って攻撃面も抜かりなし。しかしマルドロットも渋太く攻め、右を鋭くヒットさせてダメージ量では互角以上。このラウンドも微妙な形勢。
※4R終了時点の公式採点は40-36、40-36、39-37でいずれも長谷川優勢。駒木の採点は40-37で長谷川優勢。
5R。激しい出血を気にしたか、長谷川はやや消極的に。一方のマルドロットは中間の採点結果を聞いて激しく攻勢に転じ、試合の流れが変わり始めた。それでも長谷川はマルドロットの攻撃を概ね捌くが、ワン・ツーを被弾する一方で反撃は弱弱しい。
6R。ラウンド前半は長谷川が捨てパンチとインサイドワークで主導権をガッチリ。パンチを当てなくてもポイントを確保する長谷川の巧みな試合運びがここでも機能する。ラウンド後半からマルドロットが打ち合いに出て先手で攻めたが、長谷川もフック連打で応じてヒットを連発。
7R。ラウンド序盤、マルドロット攻勢に出て長谷川が後手に回るが、徐々に打ち合いに誘って自分のペースに引き込み、終盤には上下にワン・ツー・スリーを散らして有効打を奪取。マルドロットのヒットは不完全で、印象的に今一つか。
8R。マルドロットの攻勢。やや動き鈍った長谷川はこれを持て余し気味で苦戦。しかしラスト30秒、ロープに詰められた長谷川は連打合戦で起死回生の有効打連発。これで形勢を互角以上に挽回する。
※8R終了時点の公式採点は79-73、78-74、78-74でいずれも長谷川優勢。駒木の採点は79-74で長谷川優勢。
9R。長谷川は勝勢を確認し、やや緊張を緩めたか、世界戦にしては内容に乏しいラウンドに。長谷川は、攻めの糸口を掴めぬままKOを闇雲に狙うマルドロットの攻勢を傷を気遣いつつ淡々と捌く。それでも要所でフックを当ててポイント争いを放棄しない姿勢は流石。
10R。マルドロットの攻勢を的確に捌く長谷川だが、反撃に出る気配は薄く、ここも内容に乏しいラウンドに。終盤には攻めに転じてタダでポイントは手放さない姿勢を見せるが……
11R。ラウンド前半は、これまで同様マルドロットの攻勢、捌く長谷川……という展開だが、後半からはにわかに打撃戦模様に。長谷川の被弾が目立つが、左ストレート、右フックを有効打してマルドロットの足を止めてみせる。
12R。マルドロットが終始攻勢。長谷川は出血に苦しんで防戦一方。ラウンド終盤にロープ背負っての打ち合いでフック、左アッパー返し、有効打も奪ったが、形勢は微妙。
最終の公式判定はサザーランド[米国]118-110、フォード[米国]117-111、セルバンテス[墨国]116-112の3−0で長谷川。駒木の採点は118-112で長谷川優勢。
長谷川が序盤から15針縫う事になる裂傷からの大出血に苦しめられつつも、要所という要所を締めて、終わってみれば中差から大差の判定勝ち。接戦のラウンドも少なくなかったが、採点基準を完璧に押さえた試合運びでジャッジの迷いを許さなかった。また、度々起こった打撃戦でもその都度競り勝ち、純粋な殴り合いでの強さも見せ付けた。このスペシャリスト的な特殊技能を複数兼備した変形ゼネラリストの才能は実に奥が深い。ただ、今回の裂傷には大いに冷や汗をかかされた。主審がドクターチェックを好まないタイプだった事、地元開催でドクターも日本人だった事など、恵まれた要素もあった。この傷の治療を急ぐのは勿論の事、計量後の水分摂取管理、世界級カットマンの招聘など可能な事は全て試みて欲しい。このまま負傷が常態化すると、これが長谷川穂積最大の弱点になりかねない。
一方、敗れたマルドロットは、王者の卓抜したスピードの前に、スイッチ戦法とアグレッシブな姿勢以外には持ち味を発揮出来ず完敗。これでも地域王座戦線では安定王者たる万能型選手だったのだろうが、世界レベルに混じると「世界ランカーとしては強い方」という水準に留まる。今後も何度か世界挑戦は果たすかも知れないが、実際にベルトを腰に巻くには強い幸運が必要だろう。