駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第7試合・OPBF東洋太平洋ミドル級王座決定戦12回戦/●荒木慶大(10R2分23秒TKO)サキオ・ビカ○

この試合を前に、一向に席が埋まる気配の無いリング中央側後方の指定席ゾーンへ移動。

メインイベントは日・豪ミドル級王者による東洋太平洋王座決定戦。まず日本王者の荒木は、昨年7月に鈴木悟の王座10連続防衛を阻止してタイトルを奪うと、同年11月にナカムラ・エイジを、今年の5月には元東洋太平洋&日本王者の保住直孝を退けて、ここまで2度の防衛を果たしている。5月の保住戦は生観戦したが、あの強豪を得意のアウトボクシングでほぼ完封して見せたのには正直驚かされた。現在、東洋太平洋2位、WBCミドル級世界ランクでは25位となっている。
余談だが、荒木の14勝のキャリアの中に、現在K-1でヘビー級選手に混じって大活躍中のガオグライ・ゲーンノラシンを2RKOした試合がある。タイではキックボクサーが副業として国際式ボクシングにも出場する事があるのだが、ここまで別ジャンルで有名になったタイ人ボクサー、しかも日本では負け役専門の“噛ませ犬”を務めるようなランクの選手も珍しいだろう。それにしても、峠を過ぎて5合目ぐらいまで下山しつつあるようなボクシング元世界王者を招聘して醜態を晒させては「K-1>ボクシング」の図式をファンに印象付けようとしているK-1だが、その弱いはずのボクシングの選手(しかも噛ませ犬、しかも国際式では4階級も下になるミドル級選手)に子飼いのヘビー級選手が次々と負かされている事実に対してはどう説明していただけるのだろうか(笑)。

さて、一方のオーストラリア王者のビカはアフリカのカメルーン出身。昨年4月に暫定王者として戴冠後、ここまで2度の防衛を果たしている。17戦して16勝、唯一の敗戦は国内王座に就く前のIBF太平洋ミドル級タイトルマッチで0-2の判定負けを喫したもの。

1R。両者様子見といった感のある動きだったが、ビカが先に仕掛けて手数を出しながら荒木にプレッシャーをかける。しかしやや大振りな上にフックはオープンブロー気味。パワーは物凄いが……。ファイトスタイルの差とは言え後手に回らされた荒木だが、巧みなディフェンスで被弾を防ぎながらワン・ツーで牽制していた。ただし、手数の比較ではやや劣勢か。
2R。荒木は距離を取って慎重な構えだが、今一歩の踏み込みが足りず攻め手に乏しい。ビカはファイター型とパンフの選手紹介にはあるが、見る限りでは遠・近どちらでもこなせるボクサーファイターのよう。離れた距離からでも荒木と互角に向かい合いつつ、隙を見つけては果敢に飛び込んでいって連打を放ちヒットを奪う。パンチは相変わらず粗く見えるが、当て勘が良いのかカウンター気味のパンチが荒木の体に吸い込まれるようにヒットしてゆく。
3R。荒木はペースを掴まんと立て続けにジャブを放つが、ビカはそれをことごとくスウェーで見切っていく。そうやって荒木の攻勢を挫いておいて、またもタイミングの合った連打をガンガン効かせていく猛攻。急所狙いではなくパワーで無理矢理脳を揺らすという感じの強引な攻めだが、ラウンド終盤には荒木はダウン寸前のグロッキー状態に追い込まれた。10-8のスコアをつけられてもおかしくないラウンド。
4R。このラウンドはロングレンジからのアウトボクシング勝負。荒木の望む所といったところだが、やはりビカのスウェーが巧みでヒットを1発奪うのがやっと。対するビカはまるでストレートのように重い左ジャブ、更には棍棒で殴りつけるような荒っぽい右フックで猛攻。後から振り返れば、この時点で荒木のボクサーとしてのアイデンティティは完全に粉砕されていた。なお、荒木はこのラウンドに偶然のバッティングにより出血。
5R。ビカは、荒木のジャブをスウェーで交わしてから大振りパンチ…というパターンで攻める。さすがに荒木もこの単調な攻めはスカすのだが、ビカはそれが不発に終わっても絶妙のダッキングで荒木の反撃を許さない。前半は互角の攻防戦だったが、後半になると遂にビカのジャブ→右アッパーがクリーンヒットして、荒木のヒザがガクンと折れた。勢いを完全に失った荒木は次々とクリーンヒットを喰らう。このラウンドも10-8がついてもおかしくない劣勢。
6R。このラウンドも前半から完全にビカのペース。次々と重たいクリーンヒットを重ね、一時はTKOもあるか…という一方的な試合だったが、ラウンド中盤に唐突なタイミングで荒木の一撃がクリーンヒットして、ビカはマウスピースを吐き出し苦悶の表情。これで流れが一変したが、荒木もダメージが深く追い詰めきれなかった。
7R。インターバルの間にビカは8〜9割方復調した感じ。一方の荒木は気合で外見こそ平然を装うも、明らかに深刻なダメージが蓄積されている感。ラウンド序盤は己の状態を慎重に推し量っていた感のあるビカだったが、状況判断がつくと、またもや重いフックを中心に猛攻を加えていく。荒木も懸命に反撃するが堅守に阻まれ、ラウンド終了直前にはまたもダウン寸前のグロッキー状態。このまま倒されるか…と思ったが、ここから脅威の粘りで鋭いパンチを放ち窮地を脱した。ただし、このラウンドも10-8をつけても良い位の差があった。
8R。ビカは早くも勝利を確信したか、全ての動きに余裕を感じる。荒木が必死にジャブを放つところを軽やかにスウェーバックで回避するや、遊び遊びといった風にジャブを荒木の顔面に打ち込んでゆく。たかがジャブだが、既にボロボロの荒木にとっては非常に重たいパンチ。一発もらうたび、明らかに足にキているのが遠目からでも窺える。ラウンド終盤には強烈なクリーンヒットを貰ってまたまたダウン寸前。ロープにもたれかかるようにして踏ん張ったが、このラウンドは反撃する余力も無くなっていた。10-8をつけるのが妥当とも思える一方的なラウンド。
9R。荒木の顔から精気が失せている。もう記憶がトんでいるのではないかと思えるような感じで、もはや立っているのが不思議に思える。放つパンチには精彩を欠き、逆に余裕綽綽なビカのジャブを貰うたびにフラつく。3分間何とか持ち応えたが、ビカが敢えて保たせてやった…というようなラウンドだった。
10R。荒木は前のラウンドで遊んでもらったせいか、やや動きが良くなったように思えた。が、ならばとビカがワン・ツーを放つと、強烈な右ストレートの威力に荒木の体は敢え無く吹き飛ばされてダウン。カウント8で立ち上がり、気力だけでこのラウンドも凌ごうとしたが、再度ロープ際でワン・ツーを被弾したところでレフェリーが割って入って試合終了を宣告。凄絶なTKO決着となった。

荒木は劣勢を通り越して敗勢に陥ってからも気持ちだけで踏ん張っていたが、得意のアウトボクシングでさえ反撃の糸口すら掴めない状態での悲壮な粘り腰は、美しいと言うよりもむしろ痛々しかった。敗因は? と問われると「ボクサーとしての全ての能力に差があった」と答えるしかないほど完膚なきまでに叩きのめされた大惨敗で、荒木自身のみならず、日本のミドル級選手・関係者全員のプライドが粉砕された40分弱の“公開処刑”だった。
荒木の戦績はこれで14勝(7KO)2敗。試合後、今後について問われても言葉を濁したそうだが、「今は考えたくも無い」というのが本音だろう。遠く果てしない所にゴールがある東洋太平洋・世界に照準を合わせるにしても、日本国内で力衰えるまで“お山の大将”を気取るにしても、余りにも希望が無さ過ぎるではないか。

新王者となったビカはこれで17勝(11KO)1敗。完勝で地域王座を獲得したこの強豪でも、世界4冠を目指すには、それこそ神の奇蹟がが束になって降り注いで来ない限りは困難を極める事だろう。何とこの道の遠く果てしなく険しい事か。