駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第1部第6試合・Sフライ級契約ウェイト(51.5kg)10回戦/●ピチット・チョーシリワット[タイ国](8R2分48秒TKO)戎岡淳一[明石]○

試合順こそ譲ったが、これが事実上のメインイベント。世界ランカー挑戦を繰り返す、果敢(過ぎる?)マッチメイクを重ねる戎岡淳一が、元WBAライトフライ級王者・ピチットに挑むランキング争奪戦。
96年末に山口圭二を2RKOで破り、当時ボクサー生活の絶頂に在ったこの山口を一気に地獄へと追い込んだピチットは、現在34勝(15KO)2敗の戦績。00年7月にマッチメイク上のトラブルから王座を剥奪されるまで5度の防衛を重ねた。02年1月に同王座に再挑戦して12RTKOに沈み、翌03年春に復帰して以来は、地元タイで無名選手を中心とする軽い相手にノンタイトル戦を重ねている。復帰以後無敗というレコードのためか、ランキングはWBAライトフライ級2位(1位空位)、IBF同級3位(1、2位空位)とトップコンテンダーの地位を保持している。最近では日本に滞在して井岡ジムでトレーナーも兼務しているとか。
対する戎岡は12勝(4KO)8敗2分で、現在日本ライトフライ級6位。この階級のランカーにしては負け数が多いが、これは世界・日本ランカーへのチャレンジマッチを中心とする意欲的なマッチメイクのため。02年には当時連勝中の高橋宏和から日本ランクを奪取、04年5月には元日本王者の興梠貴之に逆転KO勝ちなど、殊勲の勝利も多い。今年3/6のフランシスコ・ロサス戦(http://d.hatena.ne.jp/komagi/20050306#p8)では不甲斐無い試合振りで判定負けを喫しており、この試合で名誉挽回を期す。
1R。ピチットは強豪タイ人に多い、ワン・ツー主体の選手。ハンドスピードや全体的な動きの軽快さは今ひとつだが、タイミング良くヒットを重ねる当て勘の良さはやはり一流で、この階級らしからぬパワフルさも印象的。ボディストレートで先制すると、打ち合いに応じた戎岡に格の差を見せつけるように右ストレートをクリーンヒットさせてダウンを奪う。戎岡も細かい反撃は見せたが……
2R。ピチットはディフェンスに対する意識がやや低いのが気になる。戎岡のジャブや軽めのストレートを自分から貰いに行くような感じで、この時は平然としていたが……。だが攻めに転じては、左フックでフラッシュ気味ながら2度目のダウンを奪い、鋭いジャブを次々と突き刺してみせた。
3R。両者のパンチが当たる距離での打ち合い。ピチットは手数でやや劣勢も、当て勘の良さを活かして左ストレート、フックを有効打にする。戎岡もワン・ツー・フックを小気味良くヒットさせて少差に持ちこむが、やや大振り気味のパンチも目立った。
4R。このラウンドも互いにカウンターを奪い合うスリリングな攻防戦。ピチットがボディへのストレートから攻勢に出ると、戎岡もカウンターで強打を度々ヒットさせて食い下がる。ペースはピチットかと思われたが、形勢は互角のラウンド。
5R。近距離で足を止めてのフック、ストレート合戦に突入。前半はピチットが右フック、左ストレートでヒット数で優勢に立つも、戎岡が後半にカウンターを立て続けにクリーンヒットさせて逆転。
6R。このラウンドも近距離戦。ピチットは小技を効かせてジャブ中心の細かい攻め。手数とヒット数を稼いで先行するが、戎岡は打ち合いでやや優勢で、更に終盤にはフック、ストレートを浴びせて互角に持ち込んだ。
7R。ここまで随分とパンチを貰ってしまったピチット、かなり効いて来たのかアウトボックスに切り替えて省エネ作戦。苦し紛れの戦術ながら、地力の差が大きく戎岡は主導権を失ってしまう。終盤にようやく戎岡がフックでヒットを奪う場面が見られたが、打ち終わり際に同数のパンチを返されてしまい、ジャッジのポイントを鮮やかに持っていかれた。
8R。ラウンド前半はピチットがアウトボックスで引き続き優位をキープ。だが後半になって戎岡がアグレッシブに強打を狙いに行くと、疲れたピチットはそれに対応できず、強引に薙ぎ倒されるようなダウンを喫する。すぐに立ち上がったピチットはダメージこそ深刻ではないようだったが、かなり戦意を阻喪したようで、しきりにセコンドの方を向いて何かを伝えようとし、事もあろうに「ボックス」の指示がかかっても余所見したままという醜態。そこへ猛然と襲い掛かった戎岡、隙だらけの元世界王者に次々と痛烈なクリーンヒットを浴びせると、あとはメッタ打ちにしてレフェリーストップを勝ち取った。
戎岡が元世界王者から逆転のTKO勝ち。自他共に認める大番狂わせだ。試合内容そのものを振り返ると、地力の差から来る劣勢を強いられる場面の方が目立ってはいたが、1Rから着実にダメージを積み重ね、そこを起点にして逆転KOのチャンスを自力で作ったのだから、この金星は誇って良いだろう。これでWBAの世界上位ランク入りはほぼ確実になり、今後の展開も一気に開けて来た。陣営によるとこの世界ランクは、とりあえず世界挑戦ではなく来年度のチャンピオンカーニバルでの優先挑戦権として活用する方向だというが、現状の地力を考えると極めて妥当な判断と言えるだろう。立派なランキングに早く実力が追いつけるよう、更なる精進に励んでもらいたい。
敗れたピチット、ここ2年のヌルい相手と日本ランカーの戎岡を同じように考えていたのか、序盤からやや相手を舐めたような緊張感に欠ける戦い振りが目立った。当て勘やインサイドワークなど、元世界王者の能力の片鱗を窺わせるシーンもあったが、ハンドスピードや動きの軽快さ、そしてスタミナなど体力面では並クラスの世界ランカー程度に衰えており、同じ元・世界王者でも7月に大阪で試合をしたマルコム・ツニャカオの充実振りと比較すると雲泥の差と言わざるを得ない。とてもトップコンテンダーに相応しいコンディションではなかったとは付記しておかねばならないだろう。