駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第8試合・WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦/○《王者》長谷川穂積[千里馬神戸](9R0分19秒TKO)ウィラポン・ナコンルアンプロモーション[タイ国]《挑戦者・同級1位》●

遂にやって来たメインイベント。やや弛緩していた場内の雰囲気も、その時が刻一刻と近付いて来るごとに緊迫の度合いを増してきた。いざ、審判の時は来たれり。
今宵2度目の防衛戦を迎える若き王者・長谷川はここまで19勝(6KO)2敗の戦績。グリーンボーイ時代、新人王予選で2度の敗戦を喫するも、現在ここまで幾度のタイトルマッチを含めて16連勝中。02年10月、当時日本4位にランクされていた熟山竜一[JM加古川]とのランキング争奪戦で、3度ものダウンを奪う大差判定勝ち(100-89、100-91、100-91)を収めて一気に台頭。翌03年5月にはOPBF王者“日本人キラー”ジェス・マーカを降して初タイトルを奪取すると、04年5月までに3度の防衛を果たして国内有力選手の地位を確立。同年10月に鳥海純[ワタナベ]との世界ランク争奪戦&世界挑戦者決定戦に勝利してチャンスを掴み、05年4月に今日の相手で当時の王者・ウィラポンを3−0の判定に破り、念願の世界戴冠を果たす。今回は、昨年9月にヘラルド・マルチネスを終始圧倒して7Rまでに計4度のノックダウンでTKOに沈めて以来の試合・防衛戦。「もう一度ウィラポンを倒すまでは、ベルトは預かっているだけ」と語る“自称・暫定王者”が、地元神戸で“本当の王座奪取”を目指す。
対する前王者にして今なお最強の挑戦者・ウィラポンは、52勝(36KO)2敗2分の戦績。若かりし頃にはムエタイでも一時代を築き、94年の国際式デビュー後も4戦目にしてWBA世界王座獲得という偉業も成し遂げている(初防衛に失敗し陥落)。98年12月、当時のWBC王者・辰吉丈一郎[大阪帝拳]の3度目の防衛を阻止し、8RKO王座奪取。以来、1年前長谷川に敗れるまで14回連続防衛を果たした。その中で、日本でも辰吉から1度、西岡利晃[JM加古川帝拳]から4度の挑戦を受けてタイトルマッチを戦い、3勝2分の成績でいずれも防衛を果たしている。王者時代から1〜2ヶ月以内の試合間隔でノンタイトル戦を行う独特の調整過程を採る事が有名で、今回の王座再挑戦にあたっても1年で5戦5勝(4KO)のキャリアを積み重ねた。現在37歳ながらますます意気軒昂、WBCでは1位、WBOでも11位にランクされる世界を代表するトップコンテンダーである。
1R。立ち上がりから長谷川はスピードの差を見せつけるように、軽快なステップと足を止めての鋭い連打を巧みにミックスさせた変幻自在の攻守でウィラポンを翻弄。軽い右ジャブを起点に左ストレート、右の上下へ散らしたアッパーを攻め立ててクリーンヒットのオマケ付き。ウィラポンは生命線の右ストレートを手掛かりに反撃するも長谷川のボディワークによって多くは不発に終わり、逆にカウンターを狙われるシーンも。
2R。序盤から中盤にかけ、ウィラポンは長谷川のワン・ツーや高速フックをダッキングでかわしながら、右ストレートで反撃。長谷川のハンドスピード豊かでキレのある強打に比べると迫力もパワーも感じないが、これらが実に渋太く確実に王者の顔面を捉え、手数とヒット数を積み重ねてゆく。しかし長谷川もガードの上に手数を浴びせ続け、終盤に入っては見栄えのするワン・ツー、ボディアッパーなどで有効打を奪う場面もあった。
3R。長谷川のスピードが冴える。序盤から右ジャブ→左ボディアッパー→顔面へのフックを繰り返す高速コンビネーションで攻勢をアピールし、クリーンヒット2発。ウィラポンも右ストレート中心にしつこく抵抗するも、逆転に至る決定打は奪えず。
4R。ラウンド前半はウィラポンが右ストレートやワン・ツー、ショートフック連打などで先制も、中盤以降は長谷川も右ボディブロー、左連打、左右のアッパーで有効打を連発して形勢逆転。
5R。ラウンド序盤、長谷川はやや消極的になった所をウィラポンに付け込まれるが、中盤からまたも左ボディアッパー→顔面フックをキーにした高速コンビネーションの乱れ打ちで巻き返す。しかし終盤にはウィラポンが右ストレートを2発、3発と当ててほぼ互角。
6R。両者攻守の技巧に加え、クレバーなインサイドワークの限りを尽くした激しい攻防戦の中、長谷川の高速アッパーが再三、再四クリーンヒット。遂にはウィラポンの膝が折れ、ロープ際に大きく後退するノックダウン寸前の場面も。だがそこは偉大なる老雄・ウィラポン、自分の右ストレートの力を頑なに信じ、このラウンドを堂々と粘り切った。
7R。劣勢を自覚したウィラポンが、一気に圧力をかけて接近戦を挑む。勝ち気な面もある長谷川は、酷使した足の温存の意味もこめてこれに応じて激しい打撃戦となる。これに競り勝てば一気に勝勢となる長谷川も果敢に攻めたが、しかしここはウィラポンの土俵。左右のショートフック、アッパーが長谷川の顔面とボディを次々と捕らえて、僅かに残った逆転の目を引き寄せんと奮闘する。
8R。長谷川は前ラウンドの不利を自覚してアウトボックスへ回帰。右ジャブを多用しながらスピードでウィラポンを翻弄し、ボディブローやフックでヒットを奪うが、なかなかヤマを作れない。逆にウィラポンは裂帛の気合の下、圧力をかけ続けて試合をコントロール。右ストレートを上下に散らしてヒット数を稼ぎ、ジャッジに懸命のアピールを続ける。
9R。ゴング直後、長谷川が左の伸びるジャブ、これをウィラポンダッキング気味のヘッドスリップで避けつつガードの空いた左を狙った右ストレートを放つが、これは全て王者の想定の範囲内。長谷川が体のやや流れたウィラポンの顔面へ目掛け、肩の力が抜けた右フックをカウンター気味に振り切ると、これが顎の先端にこれ以上無い会心のクリーンヒット! その瞬間、日本バンタムの至宝・辰吉丈一郎を破壊し“スピードキング”西岡利晃を四度弾き返した褐色の堅固な要塞は、跡形も無く崩壊して53.5kgの瓦礫の山と化した。時に2006年3月25日午後8時00分、ここに一つの伝説は終章の幕を閉じた。虚ろな目でレフェリーの介抱を受ける老雄の姿を満天の下に晒す、残酷なラストシーンと共に。
王者・長谷川穂積がほぼ完璧な内容で2度目の防衛に成功すると共に、前王者のリベンジへの渇望を完膚なきまでに粉砕した。序盤から優位に試合を進め、途中にもノックダウン寸前のシーンを演出した上でのクリーン・ノックアウト。7〜8Rこそウィラポンの執念に気圧されたものの、これも対戦相手の強さを証明するものであって、長谷川の弱みを浮き彫りにするものではなかった。間違いなく彼自身02年の本格化以後のベスト・パフォーマンスであり、ひょっとすると具志堅用高渡辺二郎に匹敵する長期政権樹立を予感させる、日本ボクシング史上に残るマスターピースとなった好試合と言えるだろう。
一方、敗れたウィラポン。KO負けを喫したのは96年1月にWBA王座を手放したナナ・コナドゥ戦以来10年ぶりという事になる。関係者、ボクシングマニアが口を揃えて「ウィラポンのKO負けシーンは想像できなかった」と言ったのも無理のない話である。そしてそれは当のウィラポンにとっても同じであったらしく、試合終了後は長谷川と抱擁で健闘を称え合ったものの、長い間言葉を口にする事の出来ないショック症状に陥った。彼と親しい人物が語るところによると、試合翌日未明には非公式ながらバンタム級での復帰を宣言したとのことだが、どちらにしろウィラポンが偉大な王者・リビングレジェンドとして語られる時代はこの日をもって終わった。この後、彼が不屈の闘志で王座に返り咲いたとしても、それはまた別の伝説として語られるストーリーになるはずだ。
なお、この試合の直後に前WBCスーパー・フライ級王者・川嶋勝重[大橋]が3度目の防衛戦相手としての名乗りを上げた。だが、もう1試合分ウィラポン側が握っているというオプション(対戦相手指名や開催地の選択権を含んだ興行に関する諸々の権利)の行方も含めて、現時点ではまだ不透明な部分が多い。