駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

悲しいニュース

全国紙では報道されていないようですが。

窃盗容疑で日本8位のプロボクサー逮捕(10/20)

宇都宮中央署は十八日、窃盗の疑いで、日本ミニマム級8位のプロボクサーで、宇都宮市戸祭二丁目、会社員半田友章容疑者(22)を逮捕した。「金がなかった」と容疑を認めているという。
調べによると、半田容疑者は同日午後七時ごろ、同市伝馬町の市道で、同市の女性事務員(59)の自転車前かごから、現金約四万千円などが入ったきんちゃく袋など(計八千五百円相当)をひったくった疑い。(※下野新聞ウェブサイトより)

まず何よりも先に言っておきます。プロアスリートたる者が、犯罪、それも弱者を狙ってのひったくりという人倫にもとる行為を働くなど、如何なる理由が有っても許される事ではありません。法的な観点から言えば彼の犯した罪の程度そのものは“軽微”かも知れませんが、鍛えた体を還暦間近の女性からカネを奪うために使うなど、スポーツマンとしては最低最悪の“重罪”でしょう。JBCの処分はこれからでしょうが、無期限のライセンス停止、または永久追放といった厳格な措置が望まれます。


しかし、僕は思うのです。
これは果たして、半田友章個人の問題で片付けていいものなのだろうか、と。
彼をそこまで追い込んだ“何か”にもっと目を向けるべきではないのか、と。


こんな事を言うと、お叱りを受けるでしょう。「他のボクサー、それも半田以上にファイトマネーを稼げないグリーンボーイの殆どだって、真面目に頑張っているんだぞ」と。
それは確かにその通りです。全国には数え切れないほどたくさんのプロボクサーがいて、その殆どはファイトマネーだけでは食べられないが故に生業を持ち、二足のワラジを履いて色々な意味で苦しい暮らしを続けています。半田が犯した罪は、そんな他のボクサーたちへの裏切り行為でもあるでしょう。
けれど、考えてみて下さい。ほんの1週間ほど前までは、半田もそんな「勤勉なボクサー」たる生き方を、それも長年続けていたはずなのです。しかも彼は、そのような厳しい生活を経て日本ランカーまで到達した、ある種プロボクサーの鑑とも言うべき人物だったはずなのです。
でも、そんな彼が経済的困窮の余りコソ泥にまで身を落としてしまった。これは逆に言えば、日本ランカー、つまり全プロボクサーの中で上位数%に分類されるほどの“トップ・エリート”である彼にコソ泥を働かさせてしまうほど、ボクシング業界は彼を経済的に冷遇していた……という事実を表してはいないでしょうか。
もっと言えば、今回落伍したのがたまたま半田だっただけで、いつ誰が落伍してもおかしくないという慢性的な危機的状況に、この業界は在るのではないのかと、僕は思うわけです。


そもそも現在のプロボクシング業界は、選手ほか関係者の熱意とボクシングに対する愛情、そして何よりも金銭的見返りを求めない犠牲的献身に依存して漸く成り立っている状況にあります。
例えば、大半の選手のファイトマネーは、出場する試合のチケットによる現物支給です。
例えば、大半のトレーナーの報酬は、無給またはコンビニのバイト時給並の薄給です。
例えば、大半のジムの運営は、オーナーのボクシング興行以外の事業収入、またはオーナーの個人的な借金で成り立っています。
そして、試合記録や個人成績の管理・編集に至っては、統括団体やボクシング専門誌ですら「採算が合わない」と投げ出して、今では物好きなボクシングマニアの無償奉仕によって担われている始末です。
見返りを求めない、純粋なボクシング愛に支えられた業界。そう言えばまるで美談ですが、結局の所、ボクシング界は人の善意を喰っていかなければ餓死してしまう程に痩せ衰えているだけなのでしょう。そして、プロボクシング界の維持と延命のために善意と蓄えを根こそぎ搾り取られた人たちは静かに業界から立ち去り、あるいは己の身を破滅させてドロップアウトしてしまう。それは、とてもとても悲しい事です。


この深刻な問題が一朝一夕で片付くモノではないのは百も承知です。でも、この業界に少しでも関わっている人には、こう思い続けていて欲しいのです。


「このままじゃ、いけない」と。


尊敬に値するプロボクサーたちが、そして彼らを陰から支える人たちが、リングの上で勝ち取った評価に見合う報酬が得られるようなボクシング界に。そんな当たり前の事を当たり前に実現できるような日が、一日でも早くやってくるように。業界の片隅の更に隅っこで、僕はそう祈らずにはいられません。


どうか、幸せになるべき人が幸せになれますように。