駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

東洋太平洋フライ級タイトルマッチ12回戦/●《王者》ワンミーチョーク・シンワンチャー[タイ国](3R0分50秒TKO)亀田興毅[協栄]《挑戦者・同級10位》○

TBS系地上波録画中継にてテレビ観戦。
亀田の言動と、彼をやたら豪華な神輿に乗せてハシャギまくるマスコミや取り巻きには功罪あるが、少なくとも世界タイトルマッチすらCS深夜放送がやっとのご時世に、地上波でOPBFタイトルマッチをメインで放映させたのは明らかに“功”。これをきっかけに、亀田だけでなく彼以上に実力のある他の強豪選手たちに脚光が浴びるようになればと切に願う。
さて、両者の戦績を紹介しよう。まず、王者のワンミーチョークは20勝(9KO)6敗の戦績。元はムエタイの有力選手で、当初国際式は“副業”的な取り組み方をしていたようだ。その頃に、いわゆる噛ませ犬として過去に2度の来日経験があり、その際はプロスパー松浦・中野博といった有力選手たちにいずれも3RでKO負けしている。
しかし04年辺りからは1ヶ月に1度のペースで試合を重ねて国際式に力を入れ始め、04年11月にはパノムデット・オー・ユタナコーン*1を3RKOに降してタイ国フライ級王座を獲得*2。やや買い被り過ぎとも思われる東洋太平洋1位のランクを手に入れた。
そして先日、強豪王者フセインフセインの王座返上に伴う王座決定戦で、日本から当時東洋太平洋2位の榎本信行を地元タイに迎えて3−0の判定勝ちで王座を獲得した。それが評価されて現在はWBCの世界ランクで16位につけているが、日本タイトル挑戦失敗直後の選手を超アウェイの環境に呼び出してのOPBF王座獲得、しかも彼自身も王座獲得前はWBCランキングで40位にも入らない無名の選手だった事を考えると、額面通りの評価はとても出来ない。ランキング会議の過大評価と類稀なる幸運に恵まれて現在の地位を築いたラッキーボーイと断ぜざるを得ないだろう。
対する挑戦者の亀田は、アマチュアで社会人タイトル*3を獲得するなどの実績を積んだ後、03年12月に17歳で6回戦デビュー。それ以来、タイ国ランカーや無名選手を噛ませ犬に迎えて5KOを含む6連勝を飾り、編成上の“空席”に滑り込む形で日本ランク入りも果たした。そして先の7戦目では元WBC世界ライトフライ級王者のサマン・ソーチャトロンと対戦、衰えが甚だしく専門誌では“老サマン”と揶揄されたこのビッグネームを1RKOで破り、WBCの世界下位ランクと東洋太平洋ランクを獲得。こちらも実績とランキングなどの“額面”の食い違いが激しい選手で、マスコミが持てはやすのとは裏腹に、専門家・マニア筋からは絶えずその実力に疑問を投げかけられていた。
1R。ゴング早々、ワンミーチョークが亀田のお株を奪うように突っかけていくが、スピード感に欠ける大振りで、しかも上体が思い切り流れるボディバランスの悪さまで垣間見せて暗澹たる船出。ガードもあからさまに低くて緩く、パンチの打ち終わりから基本姿勢への復帰も遅い。亀田はその隙を見逃さず、ワンミーチョークが不用意に右フックを仕掛けていったところ、ガラ空きの顔面へノーモーションの高速左カウンターストレートを叩き込んで1回目のダウンを奪う。試合再開直後にも右フックから左アッパーのコンビネーションで強引に薙ぎ倒してダウンをもう1つ追加した。この試合も1Rで終了か……と思われたが、その後の亀田の攻撃は強引さと大振りが目立ち不発に終わる。ハンドスピードそのものは非凡な水準だが、それを活かし切れない弱みが見えた。
2R。このラウンドは中間距離からワンミーチョークがワン・ツー中心でアグレッシブに手数を出す。しかし亀田はガード高くガッチリ固めて顔面への被弾をほぼ完封すると、ワンミーチョークの打ち終わりを狙って回転力のあるコンビネーションを打ち込んで不完全ながらヒットを重ねる。亀田は相変わらずガード一辺倒で、ボディワークどころかパーリングすら出さず、攻撃と守備のメリハリを必要以上につけている印象。これもOPBFタイトルマッチの内容としてはいささか疑問符が付く内容ではあるが、今日の相手はガードだけで事足りた…とも言えるかも知れない。
3R。亀田はセコンドの指示に従って、ワンミーチョークの打ち終わり前後にカウンターを打ち込む戦法。これがラウンド序盤から見事にハマり、左の強打でこのラウンド1回目のダウン。この後はワンミーチョークが半ば戦意を喪失したようで、亀田が積極的に打って出たワン・ツーを浴びると、噛ませ犬時代に培った派手な倒れ方でキャンバスに突っ伏した。通算4度目のダウンで完全にKO状態だったが、レフェリーが試合をストップさせたために公式記録はTKO。
亀田興毅、デビュー以来8連勝での東洋太平洋タイトル獲得。これにより近日中の世界ランク入りも確実となった。OPBFタイトルでは、01年に小島英次がデビュー5戦目でSフライ級王座を獲得した例はあるが、亀田の18歳と言う年齢を考えると、これはこれで一応はプレミアのある記録だとは言えるだろう。昨年末の試合(http://d.hatena.ne.jp/komagi/20041213#p8)に比べると随分と力みが消え、ハンドスピードにも磨きがかかっており、確かな成長の跡も窺えた。1Rや3Rに見せた“待ち”のボクシングでの狙い撃ちの威力も見事で、カウンターパンチャーとしては一流の素質を見せ付けたと言えよう。しかしながら、レポート本文中にも述べたように課題もまだ少なからず残されており、現状の実力を総合的に判断すると“日本王座が視界に入って来たバリバリの日本ランカー級”といったところ。たとえ世界ランカーになったとしても、それはどの階級にも1人か2人いる「(日本王者よりも格下の)日本ランクの延長上にいる世界ランカー」の選手と見るのが妥当だろう。この事を素直に「凄い」と取るか「まだまだ」と取るかは、これをご覧の皆さんの見識に委ねる事にする。
一方、あっという間に“前・王者”に転落したワンミーチョークだが、東洋太平洋王者としては随分とお粗末なパフォーマンスに終始した。実力的にはせいぜいタイ国内王者クラスで、少なくとも今日の試合振りを観ていると、日本で試合を行えば、彼に負ける可能性のある日本ランカーは殆どいないのではないかとさえ思えてしまう。まぁラッキーボーイはあくまでラッキーボーイだった…ということなのだろう。

*1:10数回の来日で全敗を誇る名物噛ませ犬ボクサー。タイではそこそこ強いと思われるが……

*2:その後、防衛せずに返上

*3:こう言うと凄そうだが、アマチュアの一流選手はスルーする二線級のトーナメント