駒木ハヤトの西日本ボクシングレポートアーカイブ

かつて京阪神地区のボクシング会場に通い詰め、レポートを記した男ありけり。はてなダイアリーから記事をインポートしたものの、ブログ化して格段に読み難くなってしまいました。

第52回全日本新人王決勝戦

※展望記事は12/16の各項を参照の事(→http://d.hatena.ne.jp/komagi/20051216


春の地方予選開幕から9ヶ月、遂に新人王戦も総決算の全日本決勝を迎えた。
会場の“聖地”後楽園ホールは第1試合前から立錐の余地の無い状況で、座席はおろかバルコニーにも幾層もの列が形成されていた。前売り分のチケットは完売、当日の自由席券も伸びて文句ナシの超満員札止めである。全国から集結した各選手の応援団とボクシング関係者、そして将来の世界チャンピオンを探しに来たマニア筋が、混じりッ気のない熱い思いと視線と声援をリングに向けて浴びせる。これほどの完全に“出来上がった”空気は、世界タイトルマッチ会場でもおいそれと見かける事は出来ないだろう。
所用があってギリギリの会場入りとなった駒木は、当然の事ながら座席を確保できず、興行の途中まで南側後方の階段に座っての観戦。すぐ脇には昨年度MVPの荒井操がジムの後輩と来場していて、リング上の姿とは似つかわしくない冷静な分析をしていたのが印象的だった。
……まぁ訥々とした口調の中から「8回戦になったっつっても、俺は8ラウンドまでやろうとは思わないけどな」とか「俺はアマチュア経験とか無いから、相手からすると動きが読み辛いらしいよ。そりゃ俺の(ファイトスタイル)は“昔取った杵柄”でやってるだけだから」とか、彼らしい金言も聞こえてきたのだが(笑)。*1


※観戦記はとりあえずテンプレと簡易版レポートを。今年こそはタイムラグがあっても是非とも完全版をお送りしたいと思ってます。
※東日本地区なので、例によって手元の採点も10-10を使う“非西日本方式”でやってます。

*1:盗み聞きとかじゃなくて、普通に聞こえて来るんだからご容赦

第1試合・Lフライ級6回戦/○宮下優[ドリーム](判定3−0)大橋卓矢[駿河]●

MVP候補筆頭と目された宮下だが、ガトリングガンの如く手数が飛び交う西軍予選の修羅場を潜り抜けてきた大橋の奮戦に大苦戦。1〜2R前半こそ、宮下はステップ・クリンチワークを使ってジャブ、フックで手数を稼ぎ下馬評通りの優勢を築くも、2R後半から大橋が強引に距離を詰めてペースの撹乱を狙い情勢は混沌。4R以降は、むしろ大橋が距離を掴んで攻勢をアピールするシーンが目立ち、すわ逆転かと思わせる波乱のムードになる。だが宮下も最終ラウンドまでテクニックを駆使して攻守において渋太く食い下がり、形勢不明のまま最終ラウンド終了のゴングを聞いた。
公式判定は3者とも58-57で宮下。駒木の採点は逆に58-57で大橋。微妙なラウンドもあり、地元判定云々ではなくて、自然と採点者が思い入れのある方に1点アドバンテージを振ってしまうような難しいジャッジではあった。

第2試合・フライ級6回戦/●斎藤茂郎[ランド](3R2分44秒KO)奈須勇樹[Gツダ]○

奈須は序盤から得意の左フック、右ストレートを打ち込んで好調振りをアピール。予選の激闘の中で培ったガードも機能し、斎藤の手数攻めをダメージに繋げさせない。しかしその斎藤も東日本新人王に相応しい攻守の冴えで互角以上の試合運びを見せた。
試合が動いたのは3R。斎藤がフック、アッパーで猛攻を仕掛けた所から奈須がカウンターで迎撃すると、ハンドスピードで勝る奈須の必殺・右ストレートがクリーンヒットし、斎藤は敢え無くダウン。何とか立ち上がって試合は再開されたが、間もなく右ストレートの追撃を喰らってレフェリーストップとなった。
西軍代表戦では苦戦を強いられ評判を落とした奈須だが、この大舞台で汚名返上。途中の過程は関係なく一瞬で試合を終わらせてしまう“ザラキ使い”の面目躍如といった感のある試合だった。

第3試合・Sフライ級6回戦/○杉田純一郎[ヨネクラ](6R2分22秒TKO)井階甲基[森岡]●

テクニシャン・井階をどう崩すかが注目された杉田、選択した手段は正攻法。序盤から積極的にガンガン攻めていって、距離とジェネラルシップを掌握。井階に全くペースを掴む余地を与えない。3Rの激しい打ち合いでもハンドスピードの差で打ち勝ち優勢を確固たるものにすると、4Rからは井階の低いガードを咎めてますます勢いづく。井階も時折クリーンヒットを奪う場面があったが、それ以上の反撃を食らってますます劣勢に。最後まで杉田は自分のリズムを維持し、試合終了間際にロープへ詰めてのラッシュでTKO勝ち。
リスクを恐れず終始アグレッシブさと冷静さを両立させた杉田の完全勝利。一方の井階は雰囲気と杉田の勢いに呑まれて完全に自分を見失っていた感。完全燃焼しての敗北でない分、逆に将来に望みがあるというのが唯一の救いか。

第4試合・バンタム級6回戦/○冨山浩之助[船橋ドラゴン](判定3−0)中村公彦[大星モリガキ]●

両者、中間距離で精度の高いとはいえないワン・ツー、強打合戦。1R終盤、中村が左ストレートのクリーンヒットから詰め寄るも、逆にカウンターを決められてダウン。2R、3Rも冨山が手数、ヒット数で上回ってポイント上の優勢を明らかにする。それでも4R以降、中村も持ち前の粘り強さで泥仕合に持ち込み、情勢を混沌とさせるが、前半のビハインドを挽回するには至らず。最終Rの壮絶なショートレンジでの手数合戦も互いに決め手なく、前半の差がそのまま採点結果に現れた格好。
公式判定は60-55、60-55、59-54の3−0で冨山。駒木の採点は58-56だがやはり冨山優勢。
中村のしつこい手数攻めを、冨山は技術の差で捌いて手数でも互角に渡り合いポイントアウト。全日本新人王としては「?」が付くレベルだが、さすがにここまで相手に恵まれると格の差が出て来るか。中村は持ち味のスタミナと手数が全日本決勝では決め手となり得ず、完敗。

第5試合・Sバンタム級6回戦/○杉田祐次郎[ヨネクラ](判定3−0)中岸風太[カシミ]●

中岸はアグレッシブにフックなど鋭く強打で攻め立てるが、気負いか大振りが目立つ。杉田はダッキングやウィービングなど鮮やかなボディワークで被弾数を最小限に食い止め、その上で中岸の隙を突いて的確な逆襲を見せる。1Rには右フックで有効打、2Rには10連打前後の猛烈なコンボで印象的な場面を見せてポイント面でも確実にリード。中盤は泥仕合気味になったが、ここでも杉田は要所で見せ場を作る攻撃で中岸を追い詰める。中岸も5Rには有効打を集めて意地を見せるが、6Rの壮絶な乱打戦ではまた劣勢を強いられて万事休す。
公式判定は59-56、59-56、59-57で杉田。駒木の採点は59-55で杉田優勢。
杉田が持ち味のボディワークと強打を活かして、各ラウンドで着実にポイントを奪った。泥仕合気味の中での見せ場の作り方が実に上手い。中岸は西軍代表戦で新味を見せたと思ったが、ここでまた中日本時代の粗いファイトに逆戻り。ハンドスピードを台無しにする大振り、TPOを考えない好戦的なファイトと、悪い所ばかりを曝け出してのワーストバウトになってしまった。反省点を理解・修正し、年明け以降の挽回に期待したい。

第6試合・フェザー級6回戦/○川村貢治[横浜光](3R1分36秒TKO)伊藤康隆[東海]●

1R、互いの強打をスウェー、ステップバックで避けあう意外なディフェンス戦からスタート。中盤から伊藤が左ボディを起点にロープ際で連打を放って、まずはやや優勢。しかし2R、川村の右ストレートがクリーンヒットして伊藤はダウンを喫する。これで勢いづいた川村、このラウンドは仕留め切れなかったが、3Rは序盤に伊藤の猛攻を凌ぐと、打撃戦で優位に立つと強打で追い討ちしてコーナーに詰め、最後はワン・ツーをモロに浴びせてダウン。レフェリーが即ストップしてTKO決着となった。
川村の強打が伊藤のディフェンス能力を凌駕し、豪快なKO勝利。伊藤は攻めに決め手が無いまま勝負を急ぎすぎて墓穴を掘った。理想の展開と真逆の現実を見せられてはこの敗北も納得か。

第7試合・Sフェザー級6回戦/○真栄城寿志[角海老宝石](判定2−1)武本康樹[千里馬神戸]●

1R、2Rと、真栄城の強引かつトリッキーな攻撃が精密機械・武本を翻弄。2Rには右フックでダウンまで奪う。武本の反撃も固いガードで防いで予想外の大差リードを奪う。しかし3Rからは武本が真栄城の動きを見切って華麗に逆襲。巧みなヒット&アウェイと連打、真栄城の攻撃にはクリンチワークで対応して形勢は一気に逆転。だが5R、武本はアグレッシブに仕掛けて行ったが、これが逆効果。微妙に詰まった距離は真栄城のベストディスタンスで、武本は掴み掛けた試合の流れを再び手放してしまう。最終6R、互角の打撃戦の中で、真栄城の右がタイミング良く有効打となり、これが結果的に勝負を決めるパフォーマンスとなった。
公式判定は58-56、58-56(以上、真栄城支持)58-57(武本支持)の2−1で真栄城が殊勲の1勝。駒木の採点も58-56で真栄城優勢。
下馬評では「武本が圧倒的有利」だったこの一戦。事実、当の真栄城陣営、果ては選手本人までが、武本の試合ビデオを観て「これは絶望的だ」と観念していたという。恐らく、10回試合をすれば8回か9回は武本の完勝だったろう。しかし、たった1度の本番では、真栄城が勝つための必要条件が1つ、また1つとハマって、少差のスプリットデジションをモノにした。ボクシングという競技の面白さ、恐ろしさ、素晴らしさが凝縮された6ラウンズ。勝者も敗者も胸を張って然るべき好勝負であった。

第8試合・ライト級6回戦/○荒川仁人[八王子中屋](判定3−0)小出大貴[緑]●

1Rから荒川のテクニシャンぶりが光る。小出の手数をパーリで捌き、右のジャブ、フックでリズムを掴むと、左から右のフックをクリーンヒットさせてノックダウン。2R以降も、荒川は小出の猛烈な手数攻めを巧みに凌いでおいて、精度の高いフック、アッパーでヒットを重ねる。小出は最後まで手数の多さで攻勢をアピールしたが、逆に荒川のディフェンスばかりを際立たせる結果となってしまった。
公式判定は小出の手数を斟酌したか、58-55、58-56、57-57の少差2−0で荒川。駒木の採点は59-55で荒川優勢。
荒川が新人離れな卓抜した技能試合で完勝。技術だけなら間違いなく日本ランカー上位級で、来年度以降も楽しみな存在。小出も健闘したが、これが現状の限界か。

第9試合・Sライト級6回戦/●池田俊輔[角海老宝石勝又](2R0分18秒TKO)大崎丈二[ウォズ]○

1Rから池田は決め手のフックを連発するが、いかんせん精度が悪い。大崎はその攻めを冷静に捌きつつアウトボックス。明確な有効打は無いもののジャブで細かくポイントを稼いで失点を許さない。そして2R早々、大崎の右フックが完璧なクリーンヒット! 脳をしこたま揺らされた池田は、立ったまま失神する映画のワンシーンのような倒れ方で、スローモーションを描きつつ前のめりにキャンバス上に突っ伏した。ノーカウントのレフェリーストップのためルール上はTKOだが、10どころか100数えても起き上がれないようなディープインパクトだった。
危険な相手を前にした際の、大崎の危機管理能力と集中力の高さを再確認させられた試合。1Rの3分間を確実なディフェンスとアウトボックスで魅せたかと思えば、2R早々に一撃必殺。本来なら三賞に名を連ねてもおかしくないパフォーマンスで、これは西軍惨敗のとばっちりを受けた格好か。

第10試合・ウェルター級6回戦/○渡部信宣[協栄](2R1分10秒KO)細川貴之[六島]●

1R。渡部はパワフルな強打で攻勢。ディフェンスに長けた細川はこれを際どくガード、ダッキングで避けて、逆に右ストレート、アッパーで有効打を奪う。それでも渡部のパワーは強烈で、細川をガードの上からの打撃で素っ飛ばす場面も。
2R。序盤から攻撃的な渡部、遂に右フックを豪快なクリーンヒット。細川はロープに頭を打ち付けるほどのダウン。これは何とか立ち上がったが動きに精細無く、再開直後にスリップ気味にキャンバスに手を着いた所でレフェリーはダウンの裁定。新人王ルールは6ラウンドでも2ノックダウン制で、これにて自動的KOとなった。ダウンが無くても数秒後には止められて然るべき場面で、この裁定も致し方無しだろう。
細川はディフェンス中心の慎重な試合運びで1Rをほぼ互角に凌いだものの、注意一秒怪我一生。右フック一発で全てを終わらされてしまった。やはりサウスポー相手だとカンが狂うのか。勝った渡部、評判の強打の威力は相当なもの。KO率が高いのも肯ける本格的なハードパンチャーである。

第11試合ミドル級6回戦/○古川明裕[ワールド日立](判定3−0)田島秀哲[天熊丸木]●

1R、田島はガードを固めて古川の豪腕を封じると、終盤には逆襲に転じ、猛烈なラッシュで古川を半失神状態に追い込む。レフェリーが割って入りTKO決着と思われたが、裁定はなんとスタンディングダウン。東日本では最近復活したらしい“過去の遺物”だが、まさかこのタイミングで出るとは……。2R以降は、体力を失った古川が強引に体を浴びせて田島をコーナーに押し込み、パンチとも言えないショートで手数だけ稼ぐという見苦しい展開。田島も田島でこれでスタミナを失ってしまい、体を入れ替える事も出来なくなって酷い膠着戦に。そのまま延々とフルラウンドまで時間を空費する最悪の試合展開になってしまった。
公式判定は58-57、57-56、57-57の2−0で古川。駒木の採点は58-56古川優勢。
1Rこそミドル級らしい豪快で危険な試合が観られたが、あとはもう大凡戦モードまっしぐら。有り体に言って、負け試合を救われた古川陣営以外は誰も幸せになれない、何とも後味の悪い最終試合となってしまった。お世辞にも6回戦ボクサーがカネを取って見せるボクシングではない。

三賞表彰

MVP

渡部信宣ウェルター級・協栄)
文字通りの不完全燃焼(不戦勝)となった東日本決勝の鬱憤を、一気に豪快なKO決着で一気に晴らした渡部がMVPの栄冠。ウェルター級は昨年度の荒井に続いて連続のMVP。

技能賞

杉田純一郎(Sフライ級・ヨネクラ)
西のテクニシャン・井階を完封した、杉田兄弟の兄・純一郎が技能賞。個人的にはライト級の荒川を推したかったが……

敢闘賞

川村貢治(フェザー級・横浜光)
KO決着の多かった今大会、候補は複数いたが、東西“裏番長”対決を制した川村が三賞最後の一枠を射止めた。

興行全体の総括

下馬評では大差圧勝まで考えられた西軍、しかし結果は2勝9敗となって観戦しているこちらも愕然。この9ヶ月間、時間と労力とカネをかけて見出して来た逸材が、最後の最後で1人また1人と消えていく絶望感は、一体どう表現すればいいのだろうか(苦笑)。
ただ、そんな中でも奈須、大崎の2人は鮮やかなKOを決めてくれて少しは溜飲も下がった。この2人には日本ランカーとして、06年度も快進撃を続けていってもらいたいと願う。